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▪カブトムシ 2
夏景の頭上では、まだ青い葉がかさかさと笑う。
これが当たり前の光景だと言わんばかりに、眩しい日差しに照らされている。
夏が過ぎるのだと、秋風に諭される前にその場を去りたい。
なんて、嘲笑したときに、もう1人現れる。
「おはよう夏景ちゃん。なんで1人で笑ってるの?」
モデルのような長い脚を持った男が夏景を見下ろす。猫っ毛の髪が目尻の長い目許に影をつくる。
「隣、座ってもいい?」
その目尻を下げる彼の表情に呆れた顔をした。
この男の名前は飛久馬京丞。3人の唯一の理解者であり、この男もまた恋をしている。
「俺さ、夏景ちゃんに告白したじゃん。あれ、本気だから。覚悟してな?」
そして、1週間程前に告白をしている。彼の少し訛りのある柔らかな主張に失笑をするが、隣席についての返答はもらえていない。
「なんで笑うの」
「正直な話さ、茉井の近くにいると緊張するんだけど」
京丞の側はなんか落ち着くんだよね、と不服そうに笑った。
同様に、気が付けば遠くで座り続ける夏景の姿を夕夏は眺めていた。よく見る光景の中、1人加わる様子に足が止まる。
「間宮?」
「京丞くんといると、楽しそうだよね」
飛久馬と一緒にいる彼は歯を見せる。昔のような無邪気な笑顔ではないけれど、どこか気の抜けた、朗らかな表情。
「俺らの前じゃ、あんな風に笑わなくなったの。夏奈は気づいてた?顰めっ面・・・・・・ていうのかな。なんか、いつも我慢してるみたいに」
泣きそうな顔、と付け足す夏奈。
「うん・・・・・・なんだか、寂しいね」
カブトムシは小さな羽を広げて飛ぶ。カゴの蓋を閉め忘れてしまったとき、勝手にいなくなってしまう。空っぽの虫カゴに残るのは湿った土とのぼり木。それと、少しだけ掘られた跡。
「夕!茉井!カブトムシいたー!」
俺じゃ駄目なのかな、と呟く。
聞こえているのか、聞こえていないのか。夏奈は八重歯を見せながら夕夏の手を引っ張り、京丞達のところへ走って向かう。途中、木の根につまずきながら。
「もういないかと思ったけど、案外いるんだな。結構大きいし、形も綺麗じゃないか」
「確かに。小さい時に捕まえてたら自慢してる」
ツノは親指と人差し指で固定されている。じたばたと動いている手足。そんなカブトムシを2人で眺めていると、夕夏は夏奈を追い越し、そのまま夏景に抱きつく。
「は、ええ!?」
その拍子にカブトムシを放してしまった。
けれど、勢いがあった割には態勢は崩れていなかった。2人を覆うように抱き締めている夏奈の腕をペシペシと叩く。
「どうした!?危ないよ!?俺、骨折れるかもしれなかったよ!?」
「気持ちが先走ってしまって、制御ができず・・・・・・」
「俺は支えなきゃと思って」
仲良しだね、と飛久馬が目を細める。
カブトムシは、思っていたよりも近くの木に止まり、羽を休めていた。そのおかげで、すぐに見つけることができたらしい。
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