Dデイ

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Dデイ

潮風が頬を打つ。 すぐ近くを海鳥たちが並んで飛んでいたが、只ならぬ様子を感じたのか離れていった。 どん、と腹に響く音と共に高射砲が雲の間に炸裂してゆく。航空支援は高射砲をどうにかしないと無理だろう。 オマハビーチはフランスに至る最初の要だ。ナチスは冷酷だが間抜けじゃない。 どんな風に歓迎されるか、予想できないわけはない筈だ。 それか、こんな作戦を考えた奴は途方もなく大馬鹿か、戦闘狂に違いない。 ここにいる全員の心の中を映し出したような淀んだ曇り空を見上げていると、隣にいたロビンソンがいきなり吐いた。靴に吐瀉物がかかる。うめくロビンソンの背をさすってやった。 だけど皆そんな事に構っていられないと言うように、小銃に子供みたいにしがみつき、目を剥き出して前を見つめている。 俺たち歯車を乗せた揚陸艇が、波に乗り上げたのか、がくんと大きく揺れた。 ターナー中尉の叫び声が聞こえる。 「あと三十ヤード!」 少しだけ、頭を上げる。白い破線の閃光がビーチの奥の防壁から飛んでくるのが見えて、慌てて頭を下げた。 あんなのに、生身の人間が勝てるかよ。司令部は頭がおかしいんじゃねぇか? 小声で聞こえた誰かの言葉に、手を叩いて頷きたい気分だった。 戦車部隊は重すぎて海に沈んだと忌々しげに中尉が吐き捨てていたのが聴こえて、いよいよ俺たち歩兵だけであの化け物みたいなドイツの防衛線に挑まなくてはならないなんて、本当にクソみたいな気分だった。 「ダニエルズ、煙草あるか?」 斜め後ろにいた操舵手のアイリッシュに肩を叩かれた。「あるよ」とポケットから煙草の箱を取り出そうとしたら、青い顔で突っ立っていたロビンソンの頭から赤い霧が弾けてマネキンみたいに倒れた。 その場にしゃがみ込む。右の頭が半分吹き飛んだロビンソンが、こっちを向いていた。 それが、俺がノルマンディーで見た最初の死体だった。
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