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急に冷汗がふき出し、両肩が強張る。亡くなった人の霊を見ること自体は日常茶飯事だったが、普段は着ている服装や死んだ当時の有様から、遠目でもそれが霊であると判別できていた。しかしこのような浴衣を着ている者が多く混雑した場所では、パッと見で生きている人間なのか死んでいる霊なのか、判断しづらい。
死んでいる者と普通に会話を交わせば、孤児院時代のように周りに変な目で見られ、爪弾きにされる。茜の前でそれだけは、絶対に避けたかった。
「お兄ちゃん、あそこにお面があるよ!」
指差す先には、特撮ヒーローやアニメなどのキャラクターのお面がずらりと並んでいた。近づいてよく見ると茜は、「あれ知ってる! どれみの……」と聞いてもいないのに説明を始める。それを聞きながら一つ一つのお面に目線を合わせていくと、昔ながらの狐の面が急にニタリと笑いかけた。
「茜、向こうのヨーヨー買ってあげるよ」
「え? お面は? ちょ……お兄ちゃん!?」
否応なしに茜の手を引いて、ヨーヨー売り場へと足早に向かった。
*
「うわ~。どれがいいかな~」
プラスチックの青いケースの中で、水に浮かべられた色とりどりのヨーヨーを眺めていたら、茜のお面への欲望はすぐに薄れたようだった。しかしどのヨーヨーも可愛いと、なかなか一つを選べないでいる。見かねて俺は、茜が最初に可愛いと指差した赤いヨーヨーを掬い上げた。
「もう~! お兄ちゃん勝手に選ばないでよ~」
「でもそれ可愛いだろ?」
「……うん」
タコのように膨らんでいた茜の両頬は、ヨーヨーをポンポンと叩く度にしぼんでいった。結局どのヨーヨーを選んだところで、結果は同じなのだろう。
繋いだ手の反対側で、茜がヨーヨーを前方に向かってポンポン叩いていると、いろんな人の背中や足に当たり、その都度当てられた人たちは振り返った。大概の人はそれが小さな茜の仕業だとわかると、さして関心無さそうにすぐ前へ向き直ったが、その中にはやはり生きていない者も含まれていた。
「茜! ヨーヨーは僕が持つからさ、金魚すくいやらない?」
そう言って茜がへそを曲げないようにヨーヨーを取り上げると、金魚すくいの店へ向かって歩き出す。
(茜は僕が守らなきゃ……)
本当は叫び出したい気持ちを押さえていた。日常的に霊が見えると言っても、決して平気なわけではない。それが霊だと予めわかっていればある程度覚悟は出来るが、急に現れたり消えたりすれば驚くし、怖いし、逃げたい。
この場に自分だけだったなら既にそうしていたかもしれないが、今は横に幼い茜がいる。思わずギュッと彼女の小さな手を強く握った。
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