夕立の神様

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「ついてねえや。」  スマホのお天気予報アプリでは、今日は一日晴れで、降水確率は0%だった。急いで走ったけど、背中が濡れた。このご時世、風邪ひいて、熱でも出たら、大変なことになる。僕は、マスクを外して、大きくため息をつく。  僕は昨年潰れたあるラーメン屋の軒下で、急にザア~ザア~降り始めた空を恨みがましく見上げた。 「ここのチャーシュー麵、けっこう好きだったのになあ。」  お世辞にでも綺麗なお店とは言えなかったし、店長は不愛想だったが、金のない高校生には有難いお値段で、カップラーメンよりも、コンビニの電子レンジでチンするラーメンよりも美味しかった。  熱いチャーシュー麺に喰らい付くことを妄想している僕の横に、新たに夕立避難民が駆け込んで来た。僕の高校の制服を着ている女子だった。  しかも、かなり目元がパッチリで、長い睫毛が色っぽく濡れている。マスクで顔が半分隠れてるので断定はできないが、長く艶やかな黒髪、全身の雰囲気から、クラスの学級委員長、男子生徒人気投票第一位であることが予想できる。  僕は、急に焦り始めた。入学してから、一度も話したことがない。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。お高くとまることなく、誰にでも優しいので、担任の先生の信頼も厚い。僕とは別世界の住民だ。僕は、大慌てでマスクをかける。そんな僕の横で、学級委員長は、マスクを外し、大きく深呼吸をした。 『ビンゴ。』 「ごめんなさい、急いで走って来たので、苦しくって。」  僕の視線を勘違いしたのか、学級委員長は頭を下げた。 「大丈夫です。僕、マスクしてますから。」  キュンだ、どキュンだ。あまりに美しい声と可愛い仕草に、僕は天まで舞い上がってしまった。 「ありがとうございます。」  微笑みながら、白いレースのハンカチで肩を拭き、頭を振る姿が、限りなく美しい。僕は、思わず見とれてしまう。心の中で、夕立の神様に感謝していた。 「あのう、何か。」 「いや、このご時世、風邪でもひいたら、大変ですよね。」 「本当ですね。」  肩を並べて空を見上げるこの時間が永遠に続くことを僕はドキドキしながら、夕立の神様にお願いした。しかし、日頃から神様に縁遠い生活を送っている僕のお願いなど聞き入れてくれるはずはなく、見る見るうちに雨がサア~と止むではないか。意地悪だよなあ~。 「あっ、見て。見て。」 「えっ、何、何。」  急に飛び跳ねる学級委員が指さす方向を、僕は素早く見上げる。  そこに見たもの。僕の人生で一番きれいで大きい虹であった。 「きれい。」  僕には感嘆の声を上げる委員長の横顔が、この世の者とは思えないほど美しく思えた。  僕たちは肩を並べて、さっきより少し近い距離で、虹を見つめていた。    
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