水死体のあがる街

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「塩浦さん、署内は全面禁煙になっていますよ」  無意識に咥えていたタバコに気がついた。昔から考え事をする時はタバコを手放せない。いつの間にやら警察署も全面禁煙。街にでても分煙ならまだいい方で、今ではほとんどが見世物小屋のような喫煙ブースに入らないと吸えなくなった。愛煙家には暮らしづらい世の中になったが、副流煙などの話しを聞くとぼやいてもいられない。 「そろそろ禁煙時なのかな」  などと独りごちる。肺だけじゃなくって、血管もダメにするってこの前誰かが言っていたな。わざわざ寿命縮める可能性のあるモンを、自分の意志でやっているんだから自殺に近い行為なのかもしれないな。資料に目を落とすと、一連の水死体の最年少は七歳、最高齢は八六歳。そんな年齢で自殺なんかするものなのか? 無いとは言い切れないがやはり何となく気になってしまう。絶対に何か裏があるはずだ。しかし、その(いとぐち)すら全く掴めていない。窓にはいつ降り出したのか、雨が勢いよくぶつかっては流れ落ちている。俺の頭の中のこのもやもやも流れ落ちてくれればいいんだけれどな。 ◆◇◆◇ 「ハックション」 「おい、木崎、大丈夫か? 昨日よりひどくなっているんじゃねえか」  隣で盛大なくしゃみをしていた木崎を見やると、少し顔色が悪く見える。 「大丈夫です。ちょっと頭がボーッてしますが、食欲はあるんですよ。あっ、もう焼き肉食べられるんで、奢りならいつでもお付き合いしますよ」 「奢ってもらえるくらいの仕事してから言え」 「いつも頑張っているじゃないですか」  確かに木崎は俺が見てきた若手の中では飛び抜けている。今の若者って感じは拭えないが、それでもやはり光るものを持っている気がする。俺の経験の全てをコイツに伝えていきたいと思っているし、何より結婚もしなかった俺には息子みたいに思えている。 
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