1.日常が変化する時はいつも、雨の音がする

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季節は巡って、春。 おれは、県外の大学に進学した。 もともと受ける予定の無かった、地元からは遠く離れた大学だ。 敦也が地元の大学を受けると知った時、おれもそうするつもりでいたけれど。彼に彼女が出来たと聞いて進路変更した。突然、降って湧いたような進路変更に、担任も親も目を丸めて驚いていた。理由を聞かれたが、なんだかそれらしい適当なことを答えると、一応は納得してくれたらしかった。 因みに、敦也の彼女も地元の大学に進学したらしい。 聞いてもいないのに、いつも彼女の話をしてくるから、よく話したことも無い敦也の彼女の事に詳しくなってしまいそうだった。勝手に入ってくる情報が煩わしくて……やっと離れられたなって、少しほっとしている自分がいる。 大学生にもなって、入学式に親が参加するようなこともない。 ちらほらと母親と桜が咲く正門で写真を撮っている者が居たが、恐らく地元の人間だろうと思う。とても少数派だった。 入学式しか無いと聞いていたが、式が終わると、正門までの道は部活やサークルに勧誘する沢山の先輩方や引き止められた新入生で込み合っていた。 「…………」 この道通るの、嫌だな。 そう思って、人気が少ない方へ少ない方へと歩いた。 必然的に、正門からキャンパスの奥へ奥へと離れていく。 「あれっ?君、新入生?こんなところでどうしたの?」 「あ、」 「迷子?」 キャンバスの見学すらせずに受験したので、丁度いいかとばかりに校内を探索していたら声をかけられた。 全く人気の無い寂れた裏庭のような場所だったので、かかった声に不覚にも驚いて声を挙げてしまった。 振り返るおれに、しかし相手も、目を見開いた。 「わっ、すんごい美人……!」 女性のような顔立ちに、長い睫。男にしては小柄で、線の細い手足。 初対面では女性に間違われる事も多々あった。 「………それは、どーも」 「あっ、オトコノコ!」 存外に低い声に驚いたようだったが、思ったことは何でも口に出るタイプのようだ。 相手も男の癖にーー…という表現はあまり好きではないけれど、髪を肩ほどまでに伸ばして一つに束ねて括っていた。色素の薄い髪だ。肌も同じ様に色素が薄く、雪のように白い。あまり、これまでの人生では縁を持った事がない[[rb:雰囲気>タイプ]]の、物腰柔らかそうな男性だ。 ともすれば、大学の先輩かと思えなくもない、若く見える顔立ちだったが、職員である証のネームプレートが胸に光っていた。 「 神城叶(かみしろかなえ)と申します。就職サポート課の人間です」 「……………大桐秋夜(おおぎりしゅうや)です」 おれの視線に気が付いて、神城先生が先立って簡単な自己紹介をした。それに倣い、おれも名前だけの簡単な自己紹介をした。 春らしい風に、ざぁ、っと木々が囁いた。桜の花びらが舞う。彼の髪も揺れる。 「シュウヤ君、ね」 ニコッと笑うその顔は、おれにも負けず中性的なものだった。桜の背景が、よく似合う。 「迷った?良ければ、案内しようか?」 「…いえ、別に。正門周辺がめんどくさそうだったので…捌けるの待ってるんです」 「それなら、一緒にお茶でも…どう?」 これはナンパに入るのだろうか、なんて。 ぼんやり考えてみたけど、時間を潰すのに話し相手が居ても居なくてもどちらでも構わなかったおれは、大体いつも、流れに身を委ねる。 「………いいですよ」 「やった!」 またも神城先生…?さん…?は、満面の笑みを作る。よく笑う人だ。……なんと言うか、おれには無い、華がある。 そうと決まれば、と手を取られたのには流石に少し驚いた。 「校内のカフェに行くのもいいけど、とっておきの穴場があるから。教えてあげる!」 …………なんて言って、連れて来られたのは建物内の『就職サポート課』と書かれたエリア。 沢山の企業のパンフレットが陳列されてあり、カウンターの向こうの教職員の席は見渡せるように開放的になっていた。こちら側はカフェにあるようなオシャレな机とソファーが五組程置かれ、フリーのドリンクバーまで設置されていた。 普段はどうだか知らないが、今は誰も居らず、おれと神城先生の二人だけだった。 「皆あんまり来てくれないんだよねぇ。今日なんて、特に。まぁ、タダでコーヒーや紅茶が飲める穴場だと思って、シュウヤ君は気軽に来て欲しいな!」 人懐っこい笑顔を向けられて、「なんだ、ナンパじゃなくてキャッチだったのか」と合点した。裏表の無さそうなこういう人間が、一番信用しちゃいけないのかもしれない。気を付けよう。…なんてのはまぁ、冗談だけど。 ドリンクバーに近い席は、向かいにある事務課等から死角になっていて、敢えてかどうかは知らないが神城先生はそちらの席に僕を案内した。椅子を引き、「どうぞ」と招くところも、「コーヒーと紅茶、どっちが良い?それとも、緑茶?」と尋ねるところも慣れていて、常習犯だったかと納得するのに時間はかからない。 「…コーヒーで」 「砂糖とミルクは?」 「…両方下さい」 「はーい」 使い捨てのマドラーでコーヒーを混ぜてから目の前に「どうぞ」と渡された紙コップを、素直にお礼を言って受け取った。 当の神城先生は飲まないらしく、そのまま向かいの席に腰を下ろした。 両肘を付いて頬を支えながら、少し前のめりにおれを見る。 「シュウヤ君は、地元の人?それとも、県外から?」 その姿で質問責めにする気らしい彼は、まるで女子のようだな、と思う。休み時間に前後の席でそうやって喋っている女子生徒の姿をよく見かけた気がする。 「…県外です」 「そうなんだね!何県?初めての一人暮らしってわけかー!」 あ、どーぞ。と思い付いたように勧められて、受け取ったままだったコーヒーを一口飲んだ。ああ、スティック砂糖は二本分って言うの忘れたなぁと直ぐに思ったが、然したることでも無かったので口には出さない。 何県?の問いに後れ馳せながら答えると、へぇっと神城先生は目を丸めた。 「随分と遠くから…!」 「………」 「じゃあまあ、生活の上でも、何か困ったことがあったら頼ってよ!」 「なんで、この大学に来たの?」と、当然問われるだろうと思って気持ち身構えたのだが、神城先生は笑顔でそう言い、名刺を渡してきた。 「携帯番号もアドレスも書いてるから」 「……」 やっぱりナンパだったか…? と内心思いつつ、差し出された名刺を素直に受け取った。 どうするのがマナーなのかわからないが、取り敢えず、受け取ったそれを、置いていた紙コップの直ぐ横に置いた。 「………カミシロ先生、……さん?…は、何も飲まないんですか?」 「あはは!呼び方なんて、好きに呼んでくれたらいいよ!」 おれが首を傾げた事に笑って、「職員だからねぇ」と返答した。成程、と納得する。 「…あとどれくらいで、捌けますかね」 「そうだねぇ。もう暫くは落ち着きそうにないね。まぁ、急ぐことがなければ、ゆっくりしていってよ」 「……はい」 教授棟と呼ばれているらしい建物の一階にある就活サポート課の大きな窓からは外の様子が窺えて、正門付近には依然として沢山の勧誘する人達とその勧誘に足を止める人達に溢れていた。その様子を二人でちらりと眺めて、また正面に向き直る。 「部活やサークルに興味はないの?」から、「今日の晩御飯は何食べるの?」まで、神城先生の質問は尽きない。 おれは人付き合いも苦手なら会話も苦手だったので、正直、質問を一方的にして貰えるのは有り難い。…別に、無言を苦とするわけではないが。 不思議と居心地の良さを感じつつ、外の人だかりが疎らになるのを待った。
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