1.日常が変化する時はいつも、雨の音がする

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不思議なもので。 同じ学科だとか講義が一緒と言うだけで、友達が出来た。気が付いた時には、おれは四人グループの一員になっていた。 或いはそれは、他三人の、一人暮らしや新しい環境が不安な為に起こる『一人になりたくない』という共通認識が働いた為なのかもしれない。いつの間にか、おれもそこに組み込まれていた。 『友達』と呼んでも良いものなのか。その境界線すら曖昧で、おれにはよくわからない。 けれど、会えばつるむし、昼だって一緒に食堂へ向かう。講義後に一緒に晩飯を食べて、その足でアパートに遊びに行って、遅くまで漫画を読んだりゲームしたりして過ごした。時には、床で雑魚寝をして、朝を向かえてそのまま一コマ目に参加したりした。 大学生、と言うものは、なるほど。思っていたよりもずっと自由だった。 ………このまま。 流されて流されて、時の流れで全て。過去になるのを息を潜めて待とう、と思った。 「あっ、シュウヤ君!」 突然の声に、おれの隣を歩いていた[[rb:芳樹>よしき]]が先に反応して振り返る。 「あれっ?(かなえ)ちゃんじゃん。秋夜、呼ばれてるぞ」 「……」 叶ちゃん、と芳樹が呼んでいたことに内心驚いた。 勿論、おれの表情にそれが表れる事はない。おれも振り返って、人目も憚らずに大きく手を振っている神城先生の姿を認めた。小走りにこちらへやって来る。 「芳樹と友達になったんだ!」 うんうん、大学生を謳歌できているようだね! と、神城先生はニコニコと笑う。どういう心境なのだろう。…皆の親? そんなことよりも、教員というものは本当に凄いなと思うところに、人の名前をよくそんなに沢山覚えられるな、というところがある。まさか、学生の名前を全員分把握しているわけはないと思うけど…。 呼ばれた芳樹がにやりと笑う。親指を立てて、おれを指し、友達じゃなくて、と口を開いた。 「彼女っすよ。彼女」 「えっ?!はっ?!」 「……ってゆ、ネタを初見にすることを楽しんでます」 「……な、なーんだ……」 何故か神城先生は胸を撫で下ろす。 おれはつまらぬ顔で二人のやり取りを眺めていた。 「これから食堂?」 「そう」 「一緒してもいい?」 「叶ちゃんの奢りなら!」 全く調子のいい!と言いつつも、一緒に歩き始め、結局は三人分まとめて払ってくれた。 こういうの、贔屓とか言われないのだろうか…とちらりと思ったが、多分、神城先生は分け隔てなく誰にでもこういうことをするのだろう。 『許されるキャラクター』という言葉が浮かんで、納得した。彼はそう、そんな感じ。上手く生きてきた人なんだろうと思う。 「シュウヤ君、意外と食べるんだね」 「……………奢りですから」 「出たっ!秋夜の現金な性格!」 ちゃっかり得をして生きていくことに関しては、おれだって負けてはいない、…と思う。 おれのトレーに乗った唐揚げ大盛定食に大盛のご飯を見て、蕎麦(小)に野菜サラダだけの神城先生は目を丸めた。おれの隣で、ラーメン定食を頼んだ芳樹がケラケラと笑う。 「コイツ、家事がからきしダメらしくて。飯はいつもカップ麺らしーんですよ。だから、『タダ』とか『奢り』の飯が結構えげつないんすわ。顔に似合わず」 「へーっ。ギャップ萌だねー」 「………」 会話を興じる二人に対し、おれは素知らぬ顔で黙々と唐揚げと米を交互に頬張った。 今日は芳樹と二人だったが、普段は四人で集まって食べる。四人揃ってる時でも、おれが喋り手になることはそうそう無い。 芳樹は調子よく、よく喋る。見た目こそチャラめで似ても似つかないと思うのに、ほんの少しだけ、敦也に似たところがあった。 「生活力も皆無で。一コマ目がある日は、朝、おはようコールしてるんですよ?寧ろ、俺が彼女だったのか!って感じ」 「へー!」 「………」 その、意外と面倒見の良いところとか。 きっと、敦也と同じ大学に通っていたのなら…それは、敦也が請け負ってくれていた役目だったんだろうなぁと妄想する。 (………ああ、全然。忘れられないや…) 食べ進める手が止まってしまった事に、神城先生が目敏く気が付いた。 「お腹いっぱいになった?」 「………いえ。唐揚げなら…いくらでも入ります」 「好きなんだ?」 はい、と答えると神城先生は何故か嬉しそうに笑った。 ギャップ萌たまらんね、とその顔のまま芳樹に会話を振る。芳樹は一瞬キョトンとしてから、「ああ、でしょ。俺の彼女、たまらんでしょ?」といつもの調子で笑った。 すっかり食べ終わり、三人でトレーを片付けてから食堂を出た。 そのタイミングで、芳樹のスマホが鳴った。「あ、(しょう)?」と出るので、いつもつるんでいる内の一人からの電話だと分かる。次の講義が一緒なので、「今どこ?」とかそんな簡単な内容だと思う。 芳樹が余所を向いている一瞬の間に、スッと神城先生がおれの隣に来て耳に唇を近付けた。香水なのかシャンプーなのか、嗅ぎ馴れない、けれど優しい香りがする。 ふ、と耳に息を吹きかけるように囁く。 「芳樹のこと、気になる?」 「はぁっ?!」 思いがけない一言に、つい、大きな声が出た。 なんだどうしたと、注目を浴びてしまった。 芳樹も驚いた顔でこちらを振り返る。 「違った?」 パッと至近距離から元の距離へと離れ、神城先生は首を傾げながら悪戯っぽく笑う。 周りの目などまるで気にしていないかのようだ。 「…………全然違いますけど」 おれ、この人苦手かもしれない。 掴み所が無くて得体が知れないくせに、こちらの事はよく見ている。 「うん。そうだよね。見てればわかる」 「…………」 なんなんだ、一体…。 何だか、ウサギの皮を被ったヘビにターゲットとしてロックオンされた気がして、内心、身震いした。
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