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不思議なもので。
同じ学科だとか講義が一緒と言うだけで、友達が出来た。気が付いた時には、おれは四人グループの一員になっていた。
或いはそれは、他三人の、一人暮らしや新しい環境が不安な為に起こる『一人になりたくない』という共通認識が働いた為なのかもしれない。いつの間にか、おれもそこに組み込まれていた。
『友達』と呼んでも良いものなのか。その境界線すら曖昧で、おれにはよくわからない。
けれど、会えばつるむし、昼だって一緒に食堂へ向かう。講義後に一緒に晩飯を食べて、その足でアパートに遊びに行って、遅くまで漫画を読んだりゲームしたりして過ごした。時には、床で雑魚寝をして、朝を向かえてそのまま一コマ目に参加したりした。
大学生、と言うものは、なるほど。思っていたよりもずっと自由だった。
………このまま。
流されて流されて、時の流れで全て。過去になるのを息を潜めて待とう、と思った。
「あっ、シュウヤ君!」
突然の声に、おれの隣を歩いていた[[rb:芳樹>よしき]]が先に反応して振り返る。
「あれっ?叶ちゃんじゃん。秋夜、呼ばれてるぞ」
「……」
叶ちゃん、と芳樹が呼んでいたことに内心驚いた。
勿論、おれの表情にそれが表れる事はない。おれも振り返って、人目も憚らずに大きく手を振っている神城先生の姿を認めた。小走りにこちらへやって来る。
「芳樹と友達になったんだ!」
うんうん、大学生を謳歌できているようだね!
と、神城先生はニコニコと笑う。どういう心境なのだろう。…皆の親?
そんなことよりも、教員というものは本当に凄いなと思うところに、人の名前をよくそんなに沢山覚えられるな、というところがある。まさか、学生の名前を全員分把握しているわけはないと思うけど…。
呼ばれた芳樹がにやりと笑う。親指を立てて、おれを指し、友達じゃなくて、と口を開いた。
「彼女っすよ。彼女」
「えっ?!はっ?!」
「……ってゆ、ネタを初見にすることを楽しんでます」
「……な、なーんだ……」
何故か神城先生は胸を撫で下ろす。
おれはつまらぬ顔で二人のやり取りを眺めていた。
「これから食堂?」
「そう」
「一緒してもいい?」
「叶ちゃんの奢りなら!」
全く調子のいい!と言いつつも、一緒に歩き始め、結局は三人分まとめて払ってくれた。
こういうの、贔屓とか言われないのだろうか…とちらりと思ったが、多分、神城先生は分け隔てなく誰にでもこういうことをするのだろう。
『許されるキャラクター』という言葉が浮かんで、納得した。彼はそう、そんな感じ。上手く生きてきた人なんだろうと思う。
「シュウヤ君、意外と食べるんだね」
「……………奢りですから」
「出たっ!秋夜の現金な性格!」
ちゃっかり得をして生きていくことに関しては、おれだって負けてはいない、…と思う。
おれのトレーに乗った唐揚げ大盛定食に大盛のご飯を見て、蕎麦(小)に野菜サラダだけの神城先生は目を丸めた。おれの隣で、ラーメン定食を頼んだ芳樹がケラケラと笑う。
「コイツ、家事がからきしダメらしくて。飯はいつもカップ麺らしーんですよ。だから、『タダ』とか『奢り』の飯が結構えげつないんすわ。顔に似合わず」
「へーっ。ギャップ萌だねー」
「………」
会話を興じる二人に対し、おれは素知らぬ顔で黙々と唐揚げと米を交互に頬張った。
今日は芳樹と二人だったが、普段は四人で集まって食べる。四人揃ってる時でも、おれが喋り手になることはそうそう無い。
芳樹は調子よく、よく喋る。見た目こそチャラめで似ても似つかないと思うのに、ほんの少しだけ、敦也に似たところがあった。
「生活力も皆無で。一コマ目がある日は、朝、おはようコールしてるんですよ?寧ろ、俺が彼女だったのか!って感じ」
「へー!」
「………」
その、意外と面倒見の良いところとか。
きっと、敦也と同じ大学に通っていたのなら…それは、敦也が請け負ってくれていた役目だったんだろうなぁと妄想する。
(………ああ、全然。忘れられないや…)
食べ進める手が止まってしまった事に、神城先生が目敏く気が付いた。
「お腹いっぱいになった?」
「………いえ。唐揚げなら…いくらでも入ります」
「好きなんだ?」
はい、と答えると神城先生は何故か嬉しそうに笑った。
ギャップ萌たまらんね、とその顔のまま芳樹に会話を振る。芳樹は一瞬キョトンとしてから、「ああ、でしょ。俺の彼女、たまらんでしょ?」といつもの調子で笑った。
すっかり食べ終わり、三人でトレーを片付けてから食堂を出た。
そのタイミングで、芳樹のスマホが鳴った。「あ、翔?」と出るので、いつもつるんでいる内の一人からの電話だと分かる。次の講義が一緒なので、「今どこ?」とかそんな簡単な内容だと思う。
芳樹が余所を向いている一瞬の間に、スッと神城先生がおれの隣に来て耳に唇を近付けた。香水なのかシャンプーなのか、嗅ぎ馴れない、けれど優しい香りがする。
ふ、と耳に息を吹きかけるように囁く。
「芳樹のこと、気になる?」
「はぁっ?!」
思いがけない一言に、つい、大きな声が出た。
なんだどうしたと、注目を浴びてしまった。
芳樹も驚いた顔でこちらを振り返る。
「違った?」
パッと至近距離から元の距離へと離れ、神城先生は首を傾げながら悪戯っぽく笑う。
周りの目などまるで気にしていないかのようだ。
「…………全然違いますけど」
おれ、この人苦手かもしれない。
掴み所が無くて得体が知れないくせに、こちらの事はよく見ている。
「うん。そうだよね。見てればわかる」
「…………」
なんなんだ、一体…。
何だか、ウサギの皮を被ったヘビにターゲットとしてロックオンされた気がして、内心、身震いした。
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