1.日常が変化する時はいつも、雨の音がする

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勿論、おれは芳樹に恋愛感情を抱いていない。 それは芳樹だってそうだ。 だけどおれ達の関係は同期の中で、どうやらちょっとした話題になっているらしい。まだ入学から二ヶ月と経っていないと言うのに、おれ達の名前はキャンパス内に知れ渡っていた。 「おー!芳樹!彼女元気?」 「あー!元気元気!低血圧でさー、今日は五回もおはようコールしたわ~」 そんな感じに。 冗談でおれの事を「彼女」と紹介した芳樹の友人らは、おれの事を「芳樹の彼女」と認識した。勿論、冗談を持って。 芳樹は顔が広く、友人も多い。それに加えて、おれのこの女顔である。それも大変美人ときた。 一回生に同性のカップルがいる、と上級生に知れ渡るのも早かった。 大学生って皆、暇なのかな?話題に飢えてるのかな?と、ギャラリーや知らない人からの絡みに少しげんなりとするところもあるが、基本的には無害なので良しとした。 「やー、シュウヤ君。なんだかとっても人気者だね」 その人はいつも、何処からともなくやって来る。 「………カミシロさん」 時間割を組む時にはまだ芳樹達とは友達になっておらず一人で適当に組んだので、おれだけが受ける講義というものが少なからずあった。教養なんてのは大体そうで、ぼっちで受講していた。 まるでそんな時を狙っているかのように、神城さんは大体、そんな時にふらりと現れた。 「僕はまだ、神城『先生』から『さん』呼びになったくらいなのに。芳樹とは公認カップルか…」 遠い目をして言う。 「……………カミシロさん、おれのストーカーなんですか?」 「あれ?バレちゃった?」 なんてことも無いように笑う。 ほんと、この人よくわからない。掴めない。 どうせ、一人でいる学生が心配だとかそういうことなんだろうと思う。結局のところ。 芳樹みたいな明るい奴には過剰に世話を焼かないのだろう。おれみたいに、「大学生活楽しめてるかな?」と心配になるような学生に本能的にちょっかいをかけてしまうのではないかと思う。彼は。 ふわふわと適当なようで、実はかなり面倒見がよく、人を放って置けないタイプなのだろうと思う。 そんな人だからこそ、『就活サポート課』にいるのだろう。学生生活サポート課の方が名前的にもしっくり来そうなところだけど、あの課は大学の運用のことをキチッと考えている課のような雰囲気だった。 のらりくらりとしつつもその実きちんと学生のことを考えているあたり、就活サポート課に彼がいる方がしっくりと来る。 「シュウヤ君て、彼女とか欲しくないの?」 至極当然な顔をして、彼は横を歩く。 講義棟になんて用事がないくせに。いつだって何故か現れる彼は、講義室までの短い距離の内で数回の会話のやり取りをした。 「……欲しい欲しくない、で出来るものじゃありませんし」 「またまたぁ!モテるくせにー!」 「………」 そうでもない。 高校三年生の頃からもう、彼女なんていない。……小学五年生の頃からそれまでは確かに、常に誰かしらと付き合ってはいたけれど…。 誰一人として名前を覚えていない。その、顔ですら。 希薄な人間だったなぁ、と思う。 それがバレるのだろう。告白されて付き合うけれど、終わり方もいつだって、振られてそれきりだ。 本当の恋を知らなかったのだ。 今でこそ少し、申し訳なかったと思う。 「…………今は、どうやら芳樹の彼女らしいので。女子も告白してきたりしません」 「うわっ!告白される前提だ!」 モテる男は違うねー、と皮肉っ気もなく苦笑した。その顔を見ながら、おれよりも神城さんの方がモテるだろうに、と思った。 「え、僕?」 ………どうやら、口に出ていたらしい。 きょとんと、自分を指差して驚いた顔をした。 「珍しいね、シュウヤ君から僕に質問してくれるなんて!」 顔を綻ばせて笑う。 ほら、そうして微笑んでいる姿は本当に眩しい。よっぽど、女性キラーだと思うけど。 「彼女も彼氏もここ数年居ないかなー!仕事始めると、なかなか難しいよね、出会い」 「………彼氏も、ですか」 「うん。僕、バイだから」 事も無げに。 あっけらかんと。 「……………………そうですか」 返す言葉が見付からなくて、そんな相槌を打てばもう、講義室に着いた。 ホッとして、逃げるように「それじゃあ」と講義室に入った。 ◇◇◇◇◇ 「………私、親に孫の顔を見せてあげられないだろうから。あんたの方は、頼むよ」 漫画を借りに姉の部屋に入ると、姉は徐ろに口を開いた。 突然どうしたんだと思って振り向けば、姉は酷く真剣な顔をして、真っ直ぐに壁を見ていた。 「……………私、女の子が……………好きなの」 「……………」 おれは咄嗟になんて返事をしたらよいのか浮かばなかった。何か、言ってあげるべきなんだろうと思った。けれど、考えれば考える程、頭の中は真っ白になっていく。 「……………………そう」 結局、そんな返事しか口から出なかった。 目的の漫画を本棚から引き抜き、「それじゃあ」と部屋を出た。 頑なにこちらを見ない姉とは、結局、一度も目が合わなかった。 ◇◇◇◇◇
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