第一話 先輩の彼女

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第一話 先輩の彼女

歩く事、誰かと会話をする事、息をする事、景色を見る、相手を見つめる、勉強、仕事。そんな意識しないで出来ている事、それが当たり前だと思っている。   もし、その当たり前が一つでもかけてしまったら人はどうなってしまうのだろう。   そんな事を大学の古典文学講義中に考えていた。   「わかんないし、もういいや」   「大咲、何かわからないことがあるのか?」  心の中で呟いたつもりが声に出ていたみたいで早川教授にそう聞かれてしまった。   「いやあ、何で早川教授の話は眠くなるのかなって」   冗談でそう言うと周りからクスクスと笑う声が聞こえる。ふと斜め前の席に座る弓月さんを見てみると彼女も小さく笑っていた。   「そうか、そんなに眠くなるのか。単位を落としたいなら寝てて良いぞ、大咲」   「やだなあ、文雄先生。本気にしないで下さいよ。冗談に決まってるじゃないですか。楽しすぎて俺、目が覚めてきちゃいました」   早川教授は溜息をつくと講義を続けた。   「じゃ、今日はここまで」   「陽介、今日もサークル行くのか」   眠くなる講義が終わり健が聞いてきた。   「もちろん行くよ。弓月さんと少しでも絡みたいもん」   俺はリュックを持って立ち上がり、健、また明日と続けた。   「弓月さん、行こ?」   「うん」   講義終わりの読書サークルに行くこの短い時間が俺にとっては大切で何も話さなくても満たされていた。   「翔太先輩、本日も無事に弓月さんをお連れしました」   「ご苦労、大咲、帰って良いぞ」   部室に着くといつもの流れをした後、またまたあ、俺が居ないと駄目でしょうと笑顔で返して席に着いた。   「美影、この馬鹿に変なことされなかったか」   「されてませんよ、大咲くんはいつも優しいです」   弓月さんに褒められるとついつい頬が緩んでしまうのを自分でも感じている。   「いつもありがとう、大咲くん」   反則級に可愛すぎる笑顔に思わず顔をそらしてしまった。   「おい、あんま誘惑すんな。こいつの気持ち、気づいてんだろ」   翔太先輩の言葉に弓月さんは首をかしげている。   「そんなんじゃないですって。俺はただ、弓月さんの友達で居られたら満足なんですから」   「まあ、それなら良いんだけどよ」   翔太先輩は弓月さんの隣に腰掛け、本を読み始めた彼女の少し長い髪をいじり始める。  「まったく、弓月先輩の何処が良いんでしょうね。みんなして弓月さん弓月さんって頭の悪い猿みたいに。ほんと馬鹿みたい」   紗代ちゃんは大きな溜息をつく。   「俺は紗代ちゃんも可愛いと思うよ。弓月さんには弓月さんなりの魅力があって紗代ちゃんも十分魅力的だよ」   紗代ちゃんは俺に冷たい目線を少し向け、直ぐに鞄から本を出して目をそっちにやった。   「相変わらず適当なことを言いますよね、大咲先輩って」   鼻で冷たく笑われていつもの事ながら気分が落ち込んでしまう。   「こんなんでいちいちしょげてちゃ駄目だな」   独り言を小さく呟き、変顔をして紗代ちゃんの肩を軽く叩く。   「ほんと、何やってるんですか。馬鹿みたい」   そう言いながらも少し口角があがるのを見逃さなかった俺は、よし、笑ったと笑顔で言った。   「おい、馬鹿なことばっかしてんじゃねえぞ」   「何言ってるんですか。俺から馬鹿を取ったら何も残りませんよ?」   俺の言葉に弓月さんはクスクスと笑った。  二時間程が経ち、サークル終了時間になり足早に紗代ちゃんと翔太先輩が帰ってしまった。   「翔太先輩も毎回先に帰らなくても良いのにね。弓月さんの彼氏なんだからさ」   「少し寂しいけど仕方ないよ。前にね、外でべたべたしたくないんだって言ってたの。それに私も恥ずかしいし。でも、二人で居る時はいつも隣に居てくれるし優しいんだよ」  弓月さんは寂しそうに微笑む。   「そっか、なら良いんだけどさ」   そんな弓月さんに自分ならそんな顔をさせないと言葉に出してしまいそうになり飲み込んだ。   「あ、ねえねえ、少し寄り道して帰ろ?」   明らかに気分の沈んでいる弓月さんを誘うと静かに頷いてくれた。自販機で冷たい飲み物を二本購入し近くの公園に入りベンチに腰掛ける。
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