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20分ほどで駅に着いた。私はホームに降りると人の流れを避け、すぐに留守番電話を聞いた。
──あっ、こんばんは。上村です。
声を聞いて驚いた。
4年ほど前、まだ学生だった時にカフェのバイトで知り合った、同い年の男の子だ。
上村誠士くん。背が高くて細身で、素朴な印象の人だった。
彼は旅が好きで、大学が休みの期間にはよく旅に出ていたらしい。国内も、海外へも行くと言っていた。
バイトが終わった後や、たまたま同時に休憩に出たときなど、話をした程度だったと思う。
優しい声をしていた。私は勝手に、旅好きな人は活動的で快活に話す人という印象を持っていたので、こういう人もいるんだなあ、と密かに好ましく思っていた。
──いまモンゴルに来てるんだけど、急に繭子さんのこと思い出して、かけちゃった。
「え? モンゴル?」
私は留守番電話に向かって思わず尋ねた。辺りに目を配り、もう一度電話に耳を傾ける。
──またかけるね。変な着信通知入ったら俺だから。
緊張して弾むような声は、すぐに終わった。留守番電話に慣れていない様子に小さく笑ってしまった。多分電話代もかかる。
私はほっとして、嬉しいような、少しさびしいような気持ちでしばらく携帯の画面を見つめた。気がつくと降車客はほとんどホームからいなくなっていた。携帯をふたたびしまい、改札へ向かう。地上のホームを歩くと少しだけ風が出ていて、冷房で冷えた腕をちょうどよく温めた。
こちらから電話をしようと思ったけれど、国際電話の仕組みがわからなかった。どこの電話からかけているかも、知っている番号にかけて、繋がるかもわからない。
改札を通って駅を出た。商店街というには短い通りを歩く。歩道が狭く、向こうから人が来ると、体を斜にしてすれ違う。
私は歩きながらまた携帯を取り出して、電話帳の彼の名前を見た。
発信を押してみる。けれどコール音がなる前にこわくなり、慌てて切ってしまった。
ふぅっとため息をついて、通話終了の画面を見下ろす。優柔不断だ。せっかく浮いた気持ちが、少ししぼんでしまった。
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