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上村くんと行ったはじめての写真展はすばらしかった。
その中に、モンゴルの景色があった。
モノクロの、地平線の向こうまで続く草原の中に、モンゴルの言葉でゲルというらしい、遊牧民の家が小さく点々と見える。
その上に広がる空には、数えることもできないほどの、砂のような星々が散りばめられていた。
私はその写真の前で、ただのひとつのなにかになって立ち尽くした。
空間も、私という形すらも忘れた。
風が吹き、匂いが呼び起こされ、天井に広がる満天の星空に吸い込まれそうになる。
その景色の中にただ、目を開き立っていた。
我に返って視界が現実に戻った瞬間、平衡感覚を失って、私は隣にいる上村くんの腕をつかんだ。彼はとっさに私の肩に手を添えた。
「大丈夫?」
「ごめんね。大丈夫」
驚いて上村くんを見上げると、彼が可笑しそうに私の目を覗き込んだ。
「旅、してた?」
私が思わず頷き、彼は笑ってかたむいた私の身体を起こし、そっと手を離した。
そうか、と私はつぶやいた。
眠る前のベッドの中で、暗い天井にあの星を映す。
彼はあの風景を見に行ったんだ。
「すごい」
鳥肌が立ち、ふうっと細く息を吐くと、身体の芯が暖かくなった。
上村くんといるときにも、あの写真を見たときと同じ感覚を薄く感じていた。
彼はいつも私の心を潤わせていた。
ずっと忘れていた。
多分、彼と私は違うと思っていたからだ。風のように自由な雰囲気の彼と、平凡にただ歩んでいくであろう私の落差に、途中で気づいてしまったからだ。
半年が経ち、彼はカフェのバイトを辞めた。私はそこへ残った。
彼を忘れようとし、いつの間にか本当に忘れてしまっていた。
上村くんも、今ごろ眠っているだろうか。
あの満天の星の下で。
そう思って目を閉じる。
おやすみ、と言ったら、風に乗って上村くんに届くのかな。
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