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帰国したその日のうちに上村くんから連絡があり、私たちは次の土曜日に会う約束をした。
前日悩んだコーデは結局無難に収まった。嫌味がないくらいのアクセサリーを足してみる。これでいいのかわからない。
落ち着かない気分で、10分前に待ち合わせの改札前に着いた。
日差しが照りつけ、暑いけれど爽やかな風が吹いている。出口へ向かう人の流れの先を見ると、通りは眩しいほど白く光って見えた。
上村くんは時間になっても姿を見せない。
私は連絡が来ていないかと携帯を開いた。何も表示はない。メールをしようかと迷う。すぐに連絡するのも急かしているようで気が引ける。単に電車が遅れているだけかもしれない。
上村くんは私が知る限り、シフトを間違えたり遅刻したりすることは一度もなかった。
階段の方向から大勢の人が改札に向かって歩いてくる。その集団の中に上村くんがいないかと探す。
来ないのかな。
ふとそんな考えが過ぎる。
本当は、上村くんと会えるなんて、全部幻だったのかも。
普段なら考えもしない、非現実的なことが思い浮かぶ。
同じ列車から降りてきた乗客の一団が通り過ぎて行った。その中にも上村くんはいない。
もしそうだとしたら、私はどうしてそんな幻を見たんだろう。
写真展で、私の肩を支えてくれた上村くんを思い出す。
「上村くんが好きだった」
私はつぶやいていた。
たくさんの人が改札を通り過ぎていく。それはこれまで出会った多くの人たちの流れのように見えた。
その中で、ほんの短い時間、上村くんといた。
「会いたいなあ」
上村くんに、会いたい。
人々が行き交う改札の中を見つめた。
「繭子さん。……繭子さん」
背後から名前を呼ばれ、私は振り返った。
上村くんが走ってくる。真っ白な明るい出口の方から、まるで薄暗い洞窟にいた私を助けに来たように思えた。
「ごめん、出口間違えて、走ってきた。ほんとーにごめん!」
私のそばまで来ると、上村くんは息を切らしながら膝に手をついた。本物の上村くんが目の前に立っている。
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