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前編:冬の気配
12月に入り、島の風は冬の気配を感じさせる。
自動車を降りた時、
丁度電話がかかってきた。
駐車場にいた中学生くらいの短髪の女の子が、
僕の真っ赤な髪を見るとギョッとして走り去った。
…失礼な子だ。
180cm近い頭頂を掻いて、
相手を確認してから電話に出る。
電話の相手は島の賃貸仲介会社で、
内容は物件の下見希望だった。
いつもどおり
「お世話様です。」「わかりました。」
と、業務的な会話で終わる。
ついでにどんな感じの人か尋ねたが、
仲介業者は歯切れの悪い返事をした。
いい予感はしない。
怪しい自営業や無職ではないことを祈ろう。
このご時世なので仕方がないのかもしれない。
今の時期なら下見だけだろうか、
運がよければ年明けには契約か。
僕は期待に少しだけ胸を膨らませる。
ハッチバックを開けてラゲッジから、
25本もある直管蛍光灯を引きずり出す。
大きくて持ちにくい上に、
割れやすいので慎重に両腕に抱える。
こんな大きな荷物を持てたところで、
長身でよかったと思ったことはあまりない。
駐車場から24時間経営ではない
コンビニ横の自動ドアが、
マンションの入り口となっている。
6階建て築3年30戸の小規模マンション。
『マンション早乙女』
僕がここの管理人になって、
もうすぐ1年が経とうとしていた。
元は両親が不動産屋に騙されるような形で
昭和の頃から続いた大きすぎる生家を売って、
近くの田舎に不釣り合いなマンションを建てた。
両親ふたりで管理していたマンションだったが、
流行り病が原因でふたりとも他界してしまい
急遽、子どもの僕が管理を継ぐことにした。
理由をつけて会社を辞めたまではよかったが、
月々のローンの返済と相続税が僕の首を締めた。
僕は人口10万人程度の離島に
10年ぶりに帰ってきた。
東京から遠く離れたこの島には、
田んぼと漁港がある。…くらいしかない。
少子高齢化から離農が増えた影響で、
住んでいた学生時代よりも住宅が増えた気はする。
僕のように東京から帰ってくる人は稀で、
島外からの移住希望者はもっと稀になる。
島には地下鉄どころか電車も走っていない。
生活インフラも整っているとは言えない。
車やバイクでの移動手段が必要とされるけど、
移動したところで遊べるところはあまりない。
ゴルフかカラオケか…あとはスナックとか…?
海水浴場や市民プールもあるけど、
イベントは…市民会館の催しくらいか。
昭和や平成初期の時代を感じさせる
風景が島には色濃く残っていて、
ノスタルジーを覚えにくる人もいる。
都会から来た人はまず信号機の少なさに驚く。
島に遊びにくるだけであれば、
観光客向けのホテルや民宿がたくさんある。
『ラブ』の方は都会でよく見かける
ライトアップされた建物とは違って、
とても分かりにくくなっている。
離島という限られた狭い土地では、
人間関係が把握されやすい為に
目立たなくしているのかもしれない。
夏は長く、強い日差しと湿気で余計に暑く感じる。
虫が多くて、さらに夜はカエルがうるさい。
雨の日の田んぼ近くの道路は、
カエルの死骸で白く染まっている。
そして台風が多く、とにかく蒸し暑い。
それとコウモリを多く見かけた。
子どもの頃はそんなに見なかった気がする。
そんな島でも、冬のいまならいくらかマシだ。
だけど都会から越してきた人の中には
磯臭いと訴える人もいる。
漁港が近くにあるのだから当然、
旅館などに海産物を運ぶ車が多い。
山奥の家にでも行かないかぎりはきっと、
この小さな島では無理な話だ。
外食の選択肢が少なく、24時間営業の店はない。
そしてなにより離島は物価が高く、品揃えが悪い。
通販で注文した荷物もすぐには届かない。
その上、別途送料がかかる。ネットは遅延がある。
越してきたけど仕事はない、などなど。
デメリットは枚挙にいとまがない。
マンションはフェリー乗り場から車で5分、
空港からは10分程度のところにある。
立地はそれほど悪くはないけれど、
上記の理由で長期にわたる住人は、
島で働く成人か超インドア体質の人くらい。
ウチはオートロックに防犯カメラ設置で、
ペットも飼えるので女性向けを謳っている。
しかしながら全体の入居率は7割を切り、
家賃収入はローンのリレー返済で吹き飛んで
管理費とわずかな生活費が毎月赤字をはじき出す。
――――――――――――――――――――
蛍光灯の切れかけた集合ポストを通り過ぎ、
オートロックの入り口を解錠する。
蛍光灯が入るくらいの大きな宅配ボックスも
設置してあるが、僕は島の電気屋さんに注文した
蛍光灯をわざわざ引き取りに行った。
築3年で25本も必要とは思わなかったけど、
安く買えるのなら買っておかない手はない。
送料も軽視はできない。
住戸に繋がる階段とエレベーターの反対側が、
管理人の僕の使うコンシェルジュルームになる。
ルームという名前だけど、
縦2畳ほどの細いスペース。
冷蔵庫とトイレが備わっていて、
それから私用にWi-Fiルーターを置いた。
奥にはちゃっかり休憩室があり、
4畳半の座敷に掘り炬燵とテレビが置かれている。
前管理者たちの趣味の賜物だ。ありがたい。
コンシェルジュルームのスイングドアを開けると、
小さな隙間に水色の髪の女の子が隠れるように
座っていた。
「あの…。なにやってるんですか?」
床に座ってノートパソコンを見つめていた。
僕を見上げて目を輝かせ、笑顔を見せる。
えくぼの眩しい女の子。
透明度のある涼しげな色の髪は
肩のあたりでふたつにまとめられているが、
床につくほど長い。
「こんにちは。」
「あ、こんにちは。
…いや、じゃなくて。」
「男鹿千秋です。606号の。」
先月東京から季節外れの転居をした住人だ。
僕よりふたつ年下で、入居の際に
一度だけ挨拶をかわしたのを思い出した。
「男鹿さん。ここは管理人の場所なんで、
自分の部屋に戻ってください。
それと、なにかご用ですか?」
名前を呼んだ途端、彼女はそっぽを向いて
膝上のパソコンに向かって黙ってキーを叩く。
リボンとフリルの多い可愛らしい服装に、
高速タイピングが似合わない。
「男鹿さん? あの…。」
「千秋です。千秋ちゃんって呼んで下さい。」
「え? なんで?」
男鹿さんは再び黙ってしまった。
「千秋…さん。」
露骨にため息をつかれる。
まるで及第点だと言わんかのように。
「私、真澄ちゃんとお話したくって。」
真澄ちゃんて…。
突然のタメ口に、僕は目を点にした。
それからこの女の子に対し、僕もため息をついた。
「早乙女です。」
「名字なんてマンション名と一緒で
ややこしくないですか。」
「ややこしくはないでしょ。
てか、なんで下の名前知ってるの?」
「どーしてって…契約書?」
少し考えて疑問形で返された。
流し目でイタズラっぽい顔になった。
「真澄ちゃん。」
千秋さんは猫なで声を奏で、語尾には
ハートマークでも付けてそうな呼び方をする。
「ちゃん付けするのはちょっと…。」
「えーそれなら真澄くん? 真澄さん?
真澄先輩、真澄様? すみすみぃ?」
「…さん付けで。一応僕のが年上なんで。」
「わかりました!」
僕よりも若い女の子の考えや扱いなんて、
まったく分からない。
駐車場の女の子みたいに怯えられるならまだしも、
これほどグイグイくる女の子の距離感は
されてみると恐怖に近いものがある。
「背が高くてカッコいいですね。真澄さん。」
「…用はなんですか?」
「いま特定の誰かとお付き合いしてますか?」
ゾッとした。
ほぼ初対面の女の子に
言われて嬉しい言葉じゃない。
「私なんてどうですか?」
両手で自らのえくぼを指差す。
「…千秋さん、お仕事は?」
「話、ごまかさないで下さい。」
「いきなりそんな質問されて、
フツー答えるわけないって。
どこで働いてるんだっけ?」
「えーっと…アスタロト?」
「え…超大手だ。」
アスタロトは国内で有名なIT販売会社で、
メガバンクに使われている情報システムの
上流工程の大半を担っている。
去年まで僕が働いていたゴートはといえば、
発注元のアスタロトから
レオナールという元請けの会社を経由した、
下流工程を担当する下請けの会社だった。
こんな女の子がアスタロトにいたと知れば、
僕は劣等感を覚えずにはいられない。
「なんでこんな島に?」
「東京がいま、色々と物騒なのご存知ですよね。
都内で暴動や略奪事件が頻発したり
街中にブタがあふれて人を襲うとか、
その影響で変な病気が流行ったりして、
いまでも通勤自粛が続いてます。
最近も不正出金事件がありましたし、
会社も大混乱。」
千秋の挙げた理由で移住希望者もいる。
いわゆる疎開というやつだ。
動物愛護を掲げた暴動と略奪が都内の各地で起き、
暴動に紛れて大量のブタが街中にあふれ、
新種の病気が蔓延して両親が罹患した。
けれどもこんな離島に移り住むまでもない事件で、
彼女のような移住者は稀といえる。
「で、私もしれっと故郷に退散したわけです。
自主的リモートワークです。」
「アスタロトなら、オンライン会議とか?」
「いいえ、本業はプログラマーです。
真澄さんもプラグラミングできますよね?」
「どうして知ってるの?」
「さて、なぜでしょうか。」
僕がプログラミングを学んだのは中学生からだ。
中学に入学して間もなく、
部活見学のときに僕の将来が決まった。
その頃から僕は背が高くて『でくの坊』や
『ウドの大木』と揶揄された通り、
運動神経はからきしで文化部以外選択はなかった。
金髪美人のエナ先輩がプログラミングをする姿に、
一目惚れした青い時代があった。
輝くような金色の長髪に、ピンと伸びた背筋。
別世界から来た人なんじゃないかと思った。
そんな田舎のコンピュータ部では
最初にBASICを習い、老顧問とエナ先輩からは
なぜかCOBOLを教わった。
COBOLは中学生程度の英語が理解できれば
それなりに組める機械語だったけれど、
下手に組めば冗長化しやすくて、
自分だけならまだしも他人が解読困難な
いわゆるスパゲッティコードになりやすい。
それになによりレガシーな言語だった。
COBOLの誕生は僕の生まれる半世紀も前だ。
機械語としての登場が早かったこともあり、
ゲームなどに使われるC言語やJavaに比べ、
利用先は金融や行政なんかに限られている。
ネットからコードを拾い集められる
便利な時代だけれども、
エナ先輩はちゃんとプログラムを
論理的に自ら組み立てていた。
エナ先輩の指導はとても丁寧で、
細い指が打つコードは美しかった。
おっちょこちょいでだらしないところは、
ギャップがあってとても可愛らしい。
僕の赤い髪や長身を褒めてくれたのも、
コンピュータ部では彼女と
あとに入った後輩くらいだった。
エナ先輩は東京へ進学し、
高校は離れ離れになった。
島にある高校の授業で学んだのは、
HTMLやVisual Basicだった。
ウェブブラウザ上で文字を装飾するだけの
HTMLは機械語と呼べるのか甚だしく疑問だ。
それでも高校でプログラミングの勉強を続け、
卒業後は身ひとつで上京してゴートに就職した。
中学時代に習ったCOBOLが就職の役に立ったが、
東京に移り住んだところで
エナ先輩に会えはしなかった。
それからほぼ10年間は仕事漬けだった。
両親に言われて結婚も考えていたが、
そんな機会は訪れずいまに至る。
当時はまだ、結婚よりも仕事のが
大事だったのかもしれない。
退職してから思ったのだけど、
安い給料で働き続けるよりも
実績を作って転職すべきだったってことだ。
なぜその考えに至らなかったのかと言えば、
「高卒のお前を雇う会社なんて他にないぞ!」
という呪詛を浴び続けたせいだ。
「真澄さんの前いた会社って、
ゴートですよね?」
「僕のこと、どこまで調べたの?」
「オーナーですし、入居前に軽く調べました。
レオナールの加賀さんって知ってます?」
「…知ってる。ゴートにいた頃は、
仕事を依頼されたこともあるよ。」
得体の知れない彼女に
あまり僕のことを探られても困るので、
あえてはぐらかす言い方をした。
アスタロトから発注された仕事は、
レオナールの加賀という男によって振り分けられ、
下請けの僕が一部のプログラミングを担当する。
力関係では僕のいたゴートという会社は一番弱い。
加賀からの嫌がらせは日常茶飯事。
仕様にないわがまま放題の要求も多かった。
そんな加藤は僕が会社を辞めたあとでも、
毎日のように電話を掛けてきた時期があった。
「やっぱり。悪名名高いですからね。あの人。」
千秋はモニタに視線を移して残念がった。
「なにか困ったことがあったら、
なんでも言ってくださいね。」
「そう…。それなら…、
早くここを出てって欲しいくらいかな。」
コンシェルジュルームの入り口に、
立て掛けたままの蛍光灯を軽く手で叩いた。
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