6 幸福

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 Tシャツと綿麻のズボンにアイロンをかけ、少しだけまともっぽさを装った。彼に見られるわけでも、ましてや声をかけるわけでもない。だけれどおれはファンだから、リョウさんのファンだから、変な奴がいるとarisaのファンに思われるわけにはいかなかった。センスはともかくとして身だしなみを整え清潔にしていれば、隣に立つ人に嫌がられはしないだろう。  何度も確認したチケット、残高確認した電車代。どきどきと高鳴る胸は期待と、行ったことのないライブ会場へ迷わないかの不安。残念なことにおれは運動音痴なだけでなく少々方向音痴の気もある。  時間通りに来る電車に乗って予定通りに駅を発つ。土曜日の昼前。空いている席を探し座り、ただ窓の外を眺めた。景色は知っている場所を映し、程なくしてあまり見慣れない駅を通過する。  スマホに表示した地図。予定到着時間通りに目的地の駅についてから、同じ方向に歩く人を見て「もしかしてライブに行くのかな」なんて考えた。  おれが方向を間違える理由の一つが人の波に乗ってしまうことだと思うから、都度地図と位置を確認する。地図にある美容院と目の前の看板。通りの向こうにあるコインパーキングと横道の形。ビルの名前は目立たず参考にはならない。  ライブ会場となる四角い箱は大きな文字で示されている。入口には花輪がありarisaが祝われていることが窺えた。きゃあきゃあと楽しそうな女の子たちのほかに男性もいて、少しホッとする。もし女の子ばかりだったなら、おれは縮こまっていなければならなかっただろう。
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