7 ラブレター

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 アンコールが終わり会場が再び明るくなった時、倒れこむように席に着いた。はぁ、とため息のように呼吸をして疲労回復しようとする。少し疲れた。自分でも馬鹿かと思うほど、体に力が入っていたらしい。  ゆっくりと目を閉じてもつい先ほどの彼が浮かんで、有難いような疲れが抜けず迷惑なような両方の思いが出てしまう。  ふと隣の子が同じように座り込んでいることに気が付いた。周りが立ち去る中で俯く様は少し異様で、何をしているのか覗き込む。膝をぴたりとつけ鞄を抱えた彼女は、その上でファイルを土台に手紙を書いていた。少しもペンは止まらず、書き直しなどは必要としていないらしい。 「手紙……」  おれの呟きに彼女は顔だけを上げてこちらを見た。 「あ、いや、ファンレターって方法もあるんだなって」  手紙の中身を軽く手で覆い隠している彼女は、きらきらと輝くまつげで瞬きをして言った。 「紙いります? 何枚使います?」 「え」 「プレゼントボックスあるから、直接渡せるよ」 「そうなんだ」  彼女はファイルを開きレターセットを取り出すと、同じく刺さっていたペンを渡してくれた。おれは何も言わなかったけれどどうやら書くことに決定したらしい。 「あの、申し訳ないんだけど……おれはarisaのファンじゃないんです」  販売されていたグッズを身に着けarisaへ思いを伝える彼女とおれは決定的に違う。 「ここにいるのに?」 「彼女の曲は好きだけど、ここにきたのは出てたダンサーさんのためで」 「あー……プレゼントボックスの近くにスタッフさんいると思うから、その人に渡せばいいかも?」  決定的に違うのに、気分を害した様子もなく彼女はそんなことを提案してくれた。  渡されたよもぎのようにくすんだレターセットはこの子らしくない気がするけれど、小さく入った金刺繍は上品さがあった。  再び自分の手紙へと視線を戻した彼女の隣で、ただ一枚の紙を見て何を書こうか考えた。曲タイトルまでは覚えていないが、服まで操るような姿が素敵だったと書こうか、何かが憑依しているような踊りに瞬きを忘れたと書こうか、それともあなたを知ることができて幸せを知れたと書こうか。  一から十どころか千でも億でも那由多でも箇条書きできそうな気はするけれど、貰い物の綺麗なレターセットには書けそうにもない。 「シールこれでいい?」  ぺたりと貼ってもらったシールにありがとうと感謝を返し、『赤曽根良様』と宛名を書いた。ひっくり返した裏側には、小さく自分の名前と住所。この手紙の差出人が誰かはわからなくてもいいと思ったけれど、危険物が入っていないか問題になりそうだったので書いた。 「レターセットありがとうございました」 「いいんですよー。ファンだからね、いつもSNSで騒いでてもやっぱり本人に直接愛を叫びたくなっちゃうの」 「いいね、それ。すごくいいとおもいます」 「おにーさんarisaのファンじゃないんでしょ? でも来てくれたの嬉しい。色んな人に知ってほしいし聞いてほしいから」 「自分だけが知っているんじゃなくて、色んな人に知ってほしいんですか?」 「ファンだもん。私が特別なんじゃなくて、arisaがみんなの特別になってほしいの」  にこにこと笑う彼女の言葉に少し違和感を覚えた。何か小さな引っ掛かり。でもおれもリョウさんは広く知られるべきだと思ってる。arisaを見に来た人がリョウさんも見てくれたらいい。
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