1 一目惚れ

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 暗闇の中突然現れたその姿は予期せぬもので、頭の中の録画機能は働いていない。不明瞭な映像の中で彼が笑う。  きっと彼は仕事だけではなくダンスが好きな人で、だからあんなところで踊っているときでさえも笑っていられたんだろう。すごく素敵なことだ。あの素晴らしいダンスを、彼自身が愛しているなんて。 「名前聞けばよかった」  仕事としてやっているのなら調べたら出てくるだろう。名前一つない今では何も調べようがないのがもどかしい。彼のことを知りたい。今まで彼がやってきた仕事の映像があるのならそれが欲しい。何か舞台に出ているだろうか。ダンススクールの存在は知っているけれど、ダンサーの具体的な仕事までは知りもしない。なんせおれには運動能力がない。いつも徒競走ではビリだったし、逆上がりができたこともない。縄跳びの二重跳びなんてのはもってのほかだ。そんなやつが運動系の仕事に興味を持つわけがなかった。  できることは、また会えるのを待つことだろうか。  彼が持っていたのは小さな水筒だけで、軽装だった。おれはたまたま買い物帰りで通ったけれど、いつもあの時間あの場所に行くわけじゃない。今日と同じ頃再び行けば会えやしないだろうか。もし、彼が定時のジョギングなどに出ていたのなら、だけれど。  可能性は低くないと思う。仕事柄体力は維持したいだろうし、それなら毎日のように近場を走るくらいはしているかもしれない。  運がなくてこれっきりだったなら、彼は妖精だったのだと自分に言い聞かせよう。
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