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1 一目惚れ
暗闇の中、白い街灯が光る。ぽつぽつと立ち並ぶそれらに枝葉が重なり、光は思ったよりも地面を照らしてはくれなかった。それでも開けた一画だけは邪魔されることなく、彼の影を濃く映す。
音楽はどこからも聞こえてこないのに、彼の足元から音が鳴っていた。
少し上がった口角、伏せた目に揺れた髪がかかる。ただしゃがむだけの動作が、誰もいない空へと伸ばす指先が、一歩一歩開かれた足が、彼が踊っていることを示していた。
虫が寄ってくる公園の街灯の下、宝石が砕けたようにきらめくわけでもハートが飛び散るわけでもないのに通り過ぎることができなかった。
観客などいないのに少し笑って踊る彼が楽しそうで、嬉しそうで、ただ、心惹かれる。
「……」
ぼんやりとその姿を見ていれば、すぐに気づかれ彼は動きを止めた。
素敵ですね、かっこいいです。心の中はそんな興奮で満ちていたけれど、おれは何も言わず彼を待った。じっと見ていたのが気持ち悪いと思われたんだろうとはわかっているのに、目をそらし何も見なかったことに出来なかった。
彼の額に汗がうっすらと滲み、それが手の甲で払われる。髪をかき上げ、手首から肘まで落ちた袖が皴になる。
「見てんなら金払えよ。俺これで食ってる人間だから」
「あ、え、ダンサーなんですか」
「そう。だから観賞してんなら払えつってんの」
「えと、いくら」
「一万」
彼を見るのに一万円。財布から金を出して彼に差し出す。
近寄って見れば、小さな野外円形ステージの少しだけ高い段の上にいた彼は思ったよりも小さかった。踊っているときはそうは思わなかったけれど、並び立ってみれば見下ろす形になってしまう。
差し出した一万円札を片手で受け取った彼は無言のまま一度おれを見て、置かれていた小さな水筒を手にして立ち去ってしまった。
ワイヤレスイヤホンを付けていた彼には音楽が聞こえていたのだろうが、おれにはずっと聞こえなかった。それでもきっとあれは幸せな曲。
呼吸すら止めているかのようにピタッと止まっていたあの姿。演じるような動き。かっこよさとセクシーさの混じった彼が見せた笑みは可愛らしい。
もっと、もっと見ていたかった。立ち止まらずに隠れれば長いこと見ていられただろうか。
残念な気持ちがため息として零れた。
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