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微妙な距離
あれから数日後。
沖田颯太自殺未遂事件から、桜井もほかのクラスメイトも「沖田、おはよう」なんて挨拶をしてくる。
颯太も素っ気ないけど、挨拶を返している。
「あの……、沖田君、おはよう」
「おはよ。中倉、あのさ……」
何かを言いかけて颯太はやめた。
「沖田君?」
「いや、何でもない。俺、日直だから」
颯太は、なぜだか愛美と距離を置いてしまう。
もう、誰もあの事については触れても来ないのに。
自分から距離を置いてしまうのは、あの事が原因だけど愛美と普通の会話をしても、また誰かに注意されるのかと颯太は怖くなる。
職員室から必要なプリントを、担任から受けとると教室に戻って教壇の上に置いた。
「沖田、一人に任せてごめんね。図々しいお願いなんだけど、きょうの掃除当番代わってくれる?」
「何か用事あるのか?」
「年の離れた弟を保育園に迎えに行くの親に頼まれたの。今度、沖田が用事あって掃除出来ない時は代わるから。ね? お願い!」
胸の前で合唱のポーズをしてクラスメイトの女子が、颯太に必死になってお願いしてくる。
演技なんだろ? という言葉を飲み込んで、颯太は「いいよ。お互い様だし」と、掃除当番を引き受けた。
ぼっちだし、代わってくれるよねーって思っていたとしても、実際、ぼっちだし部活はきょうはないのでそれぐらいなら……と、出来るだけ空気を読む事にした。
「彩夏、よかったね。今から保育園に行ったらよーちゃんがぐずらないで済むね」
「本当、助かった。何人かにも声かけたけど引き受けてくれなくて……だから、沖田に感謝だよ! 少し急がないと!」
などという会話が聞こえてきて、本当に用事あるのだとわかって颯太は、演技なんじゃないかと疑った自分が恥ずかしくなる。
会いたくないと思った相手に、生徒玄関でバッタリ鉢合わせるほど嫌な事はない。
「元気にしているのか?」
「まあまあ。え? 何? 近藤さんから頼まれたとか?」
颯太はわざと嫌な態度を取る。
「お前は、どうしてそう捻くれてんだか……。ちげーよ。頼まれたわけじゃない。近藤さんから話聞いて心配しちゃ悪いかよ」
軽く舌打ちして敏郎は言う。
「そんな事言ってねーし。てか、わざわざどうも。迷惑かけてごめんな。部活も、そろそろ顔を出すつもりだったんだ。身体の痣とかもだいぶ目立たなくなったし。珍しいとこで会うとか……なんかおかしな気分」
上靴から外靴に履き替えて、出来るだけこれ以上、敏郎と会話をしないよう距離を置く。
敏郎の方も、颯太と一緒に帰りたいわけじゃないので、慌てて後を追いかけるなんて真似はしないが、小さく苦笑いをして外靴に履き替えると玄関から出た。
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