残り物には福がない

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残り物には福がない

午後6時、豪運不動産の営業が終わった。 「お客さん、何人も表から中を見てたけど中に入って来たのは業者さんだけだったな」 「まあ、初日だしね。でも、社長と専務からの観葉植物、立派よね」 「ネットで検索したら、1000万円って。『アホか!』と思わず言ったし」 「私も『(アホか)』と心で思った」 「2人とも、お疲れ様。誰がアホなの?」 優馬としずくは豪運不動産に帰ってきた。 「あ、すみません」 「自分の事です」 「あら、自虐話?」 「まあ、はい」 「さて、今日の報告を頼む」 「「はい」」 午前9時半から午後6時半までが勤務時間なのだ。 午後6時半。 「さて、帰るか。ん? 2人ともその格好で帰るのか?」 「「はい」」   「猫と虎の被り物って、今はいつもハロウィンなの?」 「いえ、違いますけど、これを被ってないと変な男に襲われたりするんです」 「あ、なるほど。君たちはすごく魅力的だもんな」 「そうなんですよ」 「新婚の俺でも内藤さんは少し気になる」 「私も田中くんが少しだけ……あの、優馬」  「あ、すまん。俺が愛するのはしずくだけだ」 「私も優馬だけよ」 きつく抱きつく優馬としずく。 「あの、部長……」 「ここでは、ちょっと」 「あ、すまない」 「あ、ごめんね」 「「いえ」」 会社を出て小さな声で歩きながら話す内藤さんと田中くん。 「俺たちの豪運って、ある意味で不運だよな」 「ある意味じゃなくて、本当に不運よ」 「だよな。この被り物じゃ外食もできない」 「そうそう」 「素顔で外を歩くと男好きな女が抱きついてくる。老婆とかもな。こんなの豪運じゃない」 「私も素顔で外を歩くと女に飢えた男が襲ってくるし」 「豪運で得なんてないよな」 「今までは無かったけど、豪運不動産に就職できたし、田中くんと出会えた」 「俺も内藤さんと出会えた」 「素顔で話せるのは田中くんくらいよ。部長は新婚だし」 「俺も内藤さんしか……内藤さん、俺と付き合ってくれる?」 「何か買い物?」 「違う、恋愛の付き合う」 「あっ……うん」 いつの間にか、手を繋いで歩いている2人だった。 ・・・・・ 「あの、ネット広告で見たんですが、相場の半額でアパートの部屋を貸してくれって本当ですか?」 「はい」 「でも、なんか怪しいと言うか、訳あり物件を…あ、すみません」 「その気持ち、よく分かります」 「え?」 「社員の私達も『本当かよ』と思って部長に確認したんですよ。大赤字になって私達の責任にされたら大変なので」 「確かに、そうですね」 「12億円までなら大丈夫らしいです」 「え?」 「この豪運不動産は社長の趣味でやってるんですよ」 「えっと……」 「年間の赤字が12億円までは、半額で貸したり売ったりしていいと」 「信じられません」 「お金が余って仕方ないそうです。困ってる人には安くして社会を少しでも回そうという考えらしいですね」 「そんな人が現実にいるんですね」 「じゃないと、この商業ビルに事務所は出せませんよ。かなりの保証金とかコネが必要なので」 「あ、確かに。このビルは大人気ですよね」 「はい」 「あの、年間の赤字が12億円までは。という事は、早いもの勝ち?」 「その通りです。鋭いですね。毎月1億円の赤字になったら、その月の営業は休みです」 「はー。なら、今日にも大口取引で1億円の赤字になったら今月は休みなんですね」 「その通り」 「いいなー。あ、すみません。でも、私もこんな会社に入りたいですよ。今、ブラック企業なんです」 「入社します?」 「え?」 「私たちは少し事情があって、このガラス越しにしかお客様に対応できないんです」 「はあ」 「で、外にお使いとか、お客様にお茶出しとかやってもらう人がほしいんです」 「えっと……あの、お給料を聞いてもいいですか?」 「今もらっている1.5倍は出していいって言われてます」 「ええ!?」 「転職します?」 「……したいですけど、どうして私に?」 「お客様第1号なんですよ」 「あ、そうなんですね」 「何事も早いもの勝ち」 「そうですね」 残り物には福があることは少ないのだ。
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