じゃあ、辞めて

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じゃあ、辞めて

【まぼろし芸能事務所】 「俺、いえ、私はこの芸能事務所の社長です」 お洒落なスイーツ店で名刺を出してきたスカウトさん。 年齢は35歳位に見える。 「はー。芸能事務所の社長ざん。これまたビックリだー」 「いえ、小さな事務所です」 「そんだだちっせえ事務所が、よくお嬢様に声をかけただな」   「いや、もうね、倒産寸前でね。最後のダメ元なんです。まあ、無理だとは分かってましたけど」 「お嬢様?」 「オッケー」 「はい?」 「運がええべな、あんだ。お嬢様はあんだと契約するぞうだ」 「えっと……本当にうちの芸能事務所と専属契約してくれるんですか?」 「そう言っでるだ。嫌なら帰るだよ」 「あ、すみません。ビックリしたもので。しかし、高い契約料とか払えません。まあ、最後に良い夢を見たと思って諦めます」 「あんだ、最後まで話を聞くだ」 「え?」 「お嬢様はすんごい資産家だ。大金持ちの旦那様が亡ぐなって、莫大な資産を相続しただ。金なんて捨てるほど持っでる」 「あの……と、すると、趣味で?」 「んだ。東京駅さついで初めてスカウトしてきだとこと契約するど決めてただ」 「えっと……なら、極端に言いますが契約料は1円でもいいと?」 「はん? 1円でいいだか? あんだ、欲がねえな」 「は?」 「1億円、1円の集まり」 「お嬢様、名言だ」 「えっと……」 「まぼろし、良きかな」 「え?」 「お嬢様は、まぼろしの言葉が好きだ」 「はあ」 「あんだ、年俸はいくら欲しいだ?」 「はい?」 「最初は1億円スタートでいいだか?」 「マネージャーさん、何を言ってるんですか?」 「あん? あんだの芸能事務所をお嬢様が1円で買うだ」 「はい?」 「お嬢様がオーナーで、あんだは雇われ社長だー」 「マジで言ってます?」 「マジだー。倒産寸前だば、雇われ社長で年俸1億円のほうがいいと思うだが。どんだ?」 「えっと……えっと……確かに」 「なら、契約するだ」 「あ、はい」 ・・・・・ 【まぼろし芸能事務所】 「みなざん、オーナーから挨拶だー」 「名前……秘密。金は出す。よろ」 「挨拶は終わりだー」 ザワザワする、まぼろし芸能事務所の中。 「あー。皆さん。私は雇われ社長になる。が。なんと、なんと、年俸1億円。すでにもらった」 「「「えー!?」」」 「皆さんの年俸、年間契約料も最低1,000万円にしてくれるそうだ」 「マジっすか!?」 「本当だ。辞めなくて良かったな、前田」 「あ、はい」 「事務員1人、所属芸能人は2人。小さな芸能事務所だが。しばらくは、もう心配いらないからな」 「あの、社長」 「何かな」 「最低1,000万円と言いましたが、頑張れば上がるんですよね?」 「テレビとかでオーナーが君を面白いとか思ったら、年俸1億円でも10億円でも払うそうだ」 「それが本当なら嬉しいですけど。えっと……でも、そんなにテレビなんて出れませんけど」 「まぼろし芸能事務所のテレビCMをバンバン流してくれるそうだ。ゴールデンタイムな。その番組には当然ながら我が事務所の人間が呼ばれる」 「……信じられません」 「私も」 「信じられない。なら、辞めて」と、まほろ。 「「え?」」 「やる気、マンマン、新人入れる」 「あ、あの」 「バカ! お前ら。こんなチャンスをフイにするのか? 俺を信じられんのか?」 「あ、いえ、その」 「オーナーに土下座して謝れ。できないなら辞めろ。テレビに出たい新人は大勢いるんだぞ」 「オーナー! すみませんでした!」 「……こんな急に出てきたオーナーなんて信じられないし、私は土下座なんてしません」 「加藤……お前は3年だったか。ここに入って。売れっ子にできなくてすまなかったな。さよならだ」 「……はい」 「マネージャー」   「んだ。これ、3,000万円の小切手だ。あ、これ、証拠だべ」 「え?」 「小切手用の通帳だー。残高100億円あるだな」 「え? え?」 「あだらしい人生、頑張れな」 「え?」 「退職金だべ」 「え、え? 本当に3,000万円もらえるんですか?」 「んだ」 「……あ、あの、オーナー。私、やっぱり」 「もう、遅い」 「え?」 「土下座しても、駄目」 「じゃあ、どうすれば?」 「チャンスの神様。触るの、一瞬」 「加藤、諦めろ。お前は本当に凄いチャンスを逃したんだ」 「……はい。社長、ありがとうございました」 「小切手、落とすなよ。悪い男に金を貢いだり取られたりするなよ」 「……はい」 去る者もいれば残る者もいる。ちょっとした事で人生は変わるのだ。
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