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初めてのスカウト
所属芸能人が2人しかいない、まぼろし芸能事務所。そのうちの1人が辞めてしまった。
「社長、新人、スカウト」
「あ、そうですね。別れを悲しんでも仕方ない。この世界ではよくある事なんですが。どうも私は」
「私、やる」
「え? オーナーが芸能人を?」
「違うだ。オーナー自らスカウトしに行くだ」
「は?」
「社長は、テレビ局や広告代理店とかを接待しとけばええ」
「えっと……」
「接待費は、このカードを使えばええだ。限度額は毎月1億円だー。好きに使えばええ」
「マジっすか! あ、すみません」
「事務員さん」
「はい」
「接待費や手土産代とかはな、全て使途不明金でええだ」
「良いんですか? 税金が半分取られますけど?」
「ええだ。税金、ばんばん払えばええ。お嬢様は金が余って困ってるだ」
「分かりました」
「社長、分かってると思うだが、やりすぎはダメだー。社長は頭は良いと思うで、今までは金に縁が無くて成功しなかっただば。匙加減をバランスよく営業するだよ」
「はい。分かりました」
「だば、スカウトに行ってくるだ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「んだな」
事務所から出ていくオーナーとマネージャー。
残された社長と事務員と芸能人。
「はー。社長、何だか夢を見ているようです」
「俺もだ。しかし、この通帳残高は夢じゃないよな?」
「え?」
2人に通帳を見せる社長。
「ほら。今日、1億円が振り込まれている」
「「夢じゃないです」」
「だよな」
「あの、私も毎月80万円くらい、お給料って本当にもらえるんですか?」
「らしいな。貰えなくても俺がこの1億円から払うし。心配いらない」
「社長、ありがとうございます」
「いやいや、藤堂さんには安い給料で働いてもらってたし。これで悩んでた息子さんの大学費用も大丈夫だな」
「それですよ。本当に助かります。悩みが消えました」
「そうだね。……藤堂さん」
「はい?」
「分かってると思うけど、藤堂さんはそんな事はしないと思うけど、使途不明金が許されるからと言って、絶対に着服とかしないように」
「そ、そんな事はしません!」
「いや、それは信じたいけど、人間は欲深いし魔が差すこともある。実際に銀行とかでも着服は多いだろ」
「まあ、確かに」
「オーナーとマネージャー。飄々としているようで物事をよく見て考えてる。悪い事をしている奴は、そんな人には分かると思う。後ろめたい事はしないように。くどいようだけどな」
「はい。よく覚えておきます」
「社長」
「何だ?」
「よく見える所に訓示を貼ったらどうですかね?」
「訓示?」
「横領、着服をしない。誤魔化さない。事務所内では嘘を言わない。後ろめたい事はしない。みたいな」
「なるほど」
「それ、良いですね」
「よし。ベタベタ貼るか」
「「はい」」
・・・・・
「まほろ、スカウトするのはいいが、女と男、どっちだ?」
「女」
「俺はテレビとかで売れそうなのってよく分からんけど」
「おバカキャラ、バカ受け」
「そうなのか?」
「本物の天然マグロを探す」
「天然娘だろ」
「そうとも言う。お寿司、食べたい」
「そうだな。食べに行くか」
「行く」
スマホで近くの寿司屋を検索する。
「ここでいいか。行くぞ」
「うん」
「あ、スカウトの時、俺は普通のキャラでいいのか?」
「いい。マネージャーは二重人格キャラ設定。たまに東北人になる」
「それは助かる」
テクテクと寿司屋へ行く透とまほろ。
「ここだな」
「高そうな寿司屋」
「まあまあ有名店らしい」
「座れる?」
「中途半端な時間だし、大丈夫だろ。駄目なら出前をとって芸能事務所で食べよう」
「分かった」
「あのー」
「ん?」
振り向くと、若い娘。
「私、お腹空いてるんですよ」
「うん」
「だから、すっごくお腹空いてるんです」
「それで?」
「え?」
「え?」
「私、日本語変ですか?」
「いや、特には」
「急にお寿司が食べたくなって、この店の前に来たときに」
「なるほど」
「食べたいんです。どうしても」
「なら、食べれば?」
「入れないんです」
「満席だったの?」
「いえ、お金が無いんですよね」
「なら、食べれないよね」
「でも、でも、私の守護天使様が、ここで待っていたら優しいお金持ちが食べさせてくれるって」
「なるほど。俺たちに奢ってくれと」
「いえ、違いますけど」
「えっと……」
「ちゃんと対価は払います。私の身体で」
「……君ね。俺は結婚してるんだけど」
「へ?」
「それに、君の身体には何の興味もないからね」
「歌を歌います」
「え?」
「私、たぶん歌は得意です」
「たぶん?」
「お寿司代は私の歌を聴いてください、払ってください」
「なるほど。芸を売るわけだな」
「歌っていい?」
「ここでは迷惑だな。邪魔にならない所に行こうか」
「はい」
「あ、まほ……オーナー良いですかね?」
「マネージャー。良きかな」
「オーナー? マネージャー?」
「この人は芸能事務所のオーナーで、俺はマネージャー」
「なるほど。私をスカウトするんですね。守護天使様のお導きのままに我がままに」
「それは、まあ、歌を聴いてから」
「死んで歌います!」
「いや、死んだら歌えないだろ」
「あ、生きて歌います! お寿司の為に!」
「まあ、うん」
「死ぬ気で歌う。だね」
「あ、なるほど〜。流石はオーナーさんです」
「むふん」
(まほろに突っ込まれるとはな。かなりの天然物だ)
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