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豪運(金)を持つ男
「はあー。金は捨てるほどあるっていうのに、つまらん」
その台詞をその日の酒代にも困ってる貧乏人が聞いたら、言った奴に酒の空き瓶を投げつけるだろう。
スマホが鳴った。
「誰だよ。俺の番号を知ってるのは……おっさんか」
スマホの画面には【おっさん】と出ている。
遠い親戚のおっさんだ。
ほとんどの親戚や友人……もともと友人は少なかったが、ほとんどの人と関係を切った男がスマホの電話帳に残している名前。
おっさん、何の用だ?
「金を貸してくれ」では無いだろう。おっさんはそんな事を死んでも言わないと男は思っている。だからこそ電話帳に残しているのだ。
そんな事を考えながら男はスマホ画面をフリックした。
「おっさん、頭でもハゲた報告か?」
「そうなんだよ。どのカツラを買えば良いか知らないか?」
「俺はカツラ評論家じゃねえよ」
「最近のカツラは凄えらしいな。バイクに乗るときもカツラならヘルメット不要だとよ」
「へえー」
「工事現場でもヘルメット不要らしい」
「カツラ話は朝までするのか?」
「してもいいが、良いのか?」
「カツラ話は腹一杯だ。別の話をしてくれ」
「俺はまだ腹八分目だが。別の話か……」
「無いのか?」
「ちょっと待ってくれ。思い出すから」
「1秒だけ待つ」
「思い出した。子供を2人預かってくれ」
「とうとうおっさんも誘拐犯か。身代金はいくらにしたんだ?」
「俺は金よりも饅頭が好きだ」
「お金怖いか」
「お金は怖いぞ。ほとんどの奴がお金に取り憑かれてやがる」
「じゃあ、饅頭2つと交換だな」
「分かった」
電話が切れた。
おっさん、何の用だったんだ?
しかし、金は怖いか。
男はおっさんと初めて会った日のことを思い出した。
親戚の葬式だったな。
「少年、俺は少年と遠い親戚だ。よろしくな」
「あ、はい」
「中学生に葬式なんて退屈だよな」
「あ、いえ」
「俺は豪運(目)を持ってる」
「は?」
「普通の人間には見えない物が見える目を持って生まれた。まあ、凄く運が良かったって事だ。いわゆる豪運だな。この目で人生楽勝モードだよ」
「はあ」
「少年、信じてないな」
「はい。あ、その……」
「まあ、会ったばかりのおっさんを信じるようなら、それはそれで怖いけどな」
「はあ」
「少年、一度しか言わない。よく覚えておけよ」
「え? あ、はい」
「少年は豪運(金)を持ってる」
「え?」
「お金は怖いぞ。人を狂わせる。まあ、他にも狂わせるものはあるがな」
「そう、ですね」
「少年。成人したら、俺に騙されたと思って高額当選する宝くじを1枚買ってみろ。1枚300円とかだ。外れても泣かないだろ?」
「まあ、はい」
「当たったら、この番号に電話してくれ。俺の名前はおっさん。じゃあな」
「あ、あの」
男は成人した日に1等3億円の宝くじを1枚だけ買った。
当たり前のように1等当選した。
当たるんだろうなと思っていたからビックリとかしなかった。
乙さんにもらった電話番号の紙を見た。
紙には乙さんと書いたが、おっさんと聞こえた気もする。
「もしもし。乙さんですか?」
「おっさんだけど、誰だよ」
「えっと……豪運(金)の」
「ああ、当っただろ」
「はい」
「いくら」
半分くれとか言うんだろうな。まあ、いいけど。
「3億円です」
「誰かに言ったか?」
「今、言ってます」
「俺が最初か?」
「そうです」
「それは正解だな」
「え?」
「他の奴に言ってたら縁を切ろうと思っていた」
「はあ」
「お金は怖いぞ」
「俺も成人しました。少しは分かってます」
「少年の育った環境では、金の亡者はいなかったろうな」
「そう、かもしれません」
「人は1万円を奪うために他人を殺す」
「そんな事件、ありますね」
「しばらくは俺が少年のアドバイザーになってやる」
「代金は?」
「毎日、饅頭1つ」
「えっと……黄金の饅頭ですかね? 1つ100万円とか」
「そんな饅頭、食えるかよ。本当の甘い饅頭だ。俺は金よりも饅頭だ」
「分かりました」
「明日の朝、8時に東京駅に来れるか?」
「大丈夫です」
「そこで電話してくれ」
「分かりました」
それからおっさんには……乙さんじゃなくておっさんだったな。
おっさんはたくさんのアドバイスをしてくれた。
金は1円もくれとは言わなかった。饅頭をくれとは言ったが。
「くっ、ふははっ」笑えるよな。
久々に笑った男だった。
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