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「あの、私が退魔できるわけじゃないけど……」 少年が声をかけた。 「庄右衛門ならできるかもしれないよ」 「あ?何でだよ。俺にはそんな大層な力も、道具もねえよ」 庄右衛門がイライラしながら言うと、少年が続ける。 「私は数日、そこの大蛇の気配を辿っていたんだけど、その気配が段々薄まって弱くなっていくのを感じたんだ。 何でだろう、と思ってたら、昼間、庄右衛門殿の大蛇の絵を見た時、気付いたんだ。 庄右衛門殿の描いた人ならざるものの絵の中に、大蛇の力が閉じ込められてるようだって。」 少年が絵を見てみるように促した。 「もしかしたら、絵を完成させたら退魔できるのかもしれない」  言っていることがほとんどわからないが、少年の方が自分より化け物については詳しいようなので、半ばヤケクソ気味に庄右衛門は腰袋から筆、墨、描きかけの大蛇の紙を取り出す。  よく見ると、少年の言う通り、うっすらと色が着いている。そして色が着いている所はどうやら大蛇の消えかかっている箇所と同じようだと気づいた。  まさか、と思いつつ、庄右衛門は確認が出来なかった大蛇の尻尾をよく見て、さらさらと描き止めた。 少年は描き終わるのを静かに待っていた。 やがて庄右衛門が筆を止めると、不思議なことが起きた。  突然、大蛇の体が光り始めたのだ。  最初はボンヤリと光っていたが、だんだんとそこに翡翠色と金色の光が混じり、大蛇の体の輪郭が溶け始め、一際強く輝いた。  次の瞬間、蛍のような無数の光の粒になり、庄右衛門の大蛇の絵にザラーッと勢いよく吸い込まれた。  あまりの輝きに思わず目を瞑ってしまったが、庄右衛門が目を(しばた)いて良く見ると、墨で描いた大蛇に光が吸い込まれた後は、鱗の色が細かく生々しく着色されていた。 「なんだ、これは…⁉︎」  何が起こったのだろう?と呆気に取られていると、横にいた少年が突然歓声を上げた。 「やった!すごいよ、庄右衛門殿!やっぱり封印の術が使えるんだね⁉︎」 「封印だぁ⁉︎知らん知らん‼︎使ったことない‼︎」  庄右衛門が慌てて否定すると、 「だってあの大蛇の気配が、この紙からしっかりしてるよ! 今見てたでしょう?私の刀の力と、庄右衛門の……筆?墨?の力が光になって、大蛇を封じ込めたんだよ!」 と興奮気味に捲し立ててきた。  庄右衛門は、あり得ない、と呟いて、筆を見た。何の変哲もない絵筆……どうして突然、そんなことができるようになったんだ?  少年は刀を白い鞘に納めながら、きらきらとした目で庄右衛門を見つめた。 「庄右衛門殿、まだ名乗ってなかったね。私の名前は閏間雪丸(うるまゆきまる)。 こうして人ならざる存在を退治しようと旅をしているんだ」 「そうかい」  庄右衛門がまだ信じられない思いで絵を見つめながら適当に返事をすると、少年・雪丸が視線の先に回り込んだ。 「庄右衛門殿、あんたの絵の力を貸してくれないか?二人でなら完全に退魔することができる……人ならざるものたちを蹴散らして行こう!」  白い指が、庄右衛門のゴツゴツとした手をギュッと握った。 キメ細かい頬が染まり、切長の美しい目がジッと熱心に見つめてくる。  庄右衛門はその目をまじまじと見つめ返していたが、やがて口を開いた。 「絶対嫌だ」
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