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一刻歩いたところで、森を抜けて田畑が見えて来た。
ここが後日戦場になるのだろう。
せっかく育てた稲をもほっぽって、農民たちはどこかへ避難したようだ。
代わりに、ここを通過する兵士たちを目当てに、いくつかの屋台が立っている。庄右衛門がそのうちの一つに、今やっているかと声をかけると、屋台の店主は気前よく屋台を開けた。
「とろろ汁と麦飯、味噌汁を二人前」
庄右衛門が頼むと、店主はすぐに持ってきてくれた。
簡単に拵えてある机と椅子に腰掛け、手を合わせから、庄右衛門はとろろ汁を麦飯にかけて掻っ込んでいると、雪丸が庄右衛門と、麦飯ととろろ汁を交互に見つめている。
「なんだ?食わねえのか?」
「いや、食べるけど、……初めて見たんだ。その白いやつをかけて食べるんだね」
雪丸は庄右衛門に倣ってとろろ汁を麦飯にかけて、恐る恐る一口食べた。
すると、わかりやすく顔が輝き、夢中で食べ始めた。
(とろろ食べたことねえ奴なんているのか……)
雪丸の肌艶が健康的であることや、身につけている着物の質がかなり良いことから、もっと良いものを食べている世間知らずな身分の人間なのかもしれないな、と一人納得する庄右衛門だった。
「美味しいなあ。やっぱり旅のご飯は誰かと一緒に、が一番だね!」
雪丸が口の端に麦飯を付けながら人懐っこく笑いかけるも、
「今回が最初で最後だがな」
と庄右衛門は素っ気なく味噌汁を啜った。
雪丸がしゅんとする。
「そんなこと言わないでよ……。良いじゃないか。人ならざるものの絵を描いてくれるだけなんだから。一緒に行こうよ」
「だから、俺を巻き込むな!」
庄右衛門はウンザリしたように低く唸った。
「お前の魂胆はわかってんだよ。
まだ自分で退魔できないから、俺に封印させて、その刀の力を引き出すための時間稼ぎしようってんだろ」
図星だったようで、雪丸の真っ直ぐな瞳がゆっくりと横に泳ぎ出した。庄右衛門は鼻をフン、と鳴らした。
「冗談じゃねえぞ。大体俺はただの絵描きだ。昨日まで封印の力なんて知らなかったし、これからも使いこなせるかわからんし、第一に、絵を描くためには化け物の姿を隅から隅まで観察せにゃならん。危険極まりないわ!」
「だ、だから、私の刀である程度は足止め出来るから、危険じゃないって!大丈夫だって!」
雪丸が困り果てた顔をした。
「頼むよ。私じゃ退魔ができないんだ。だからこそ庄右衛門の封印の力を貸して欲しいんだよ。
絶対危ない目に合わせないって約束するから!」
「……」
確かに、昨晩の剣術の腕前を見れば、雪丸は相当強いので、庄右衛門を守り抜くことは可能だろう。
しかし、だ。
自分よりも若く、小柄で細身な雪丸に守られるのは、長年忍びとして戦ってきた身としてはこれ以上情けないものはない。
しかしそんなみみっちいことを正直に話す気にもなれず、なんと断ろうか悩み始めるが、ふと思いついた。
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