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(待てよ、こいつが欲しがっているのは俺の封印する力だよな)
つまり、力の出どころが庄右衛門の持ち歩く絵筆にあるなら、それを雪丸に譲ってしまうのもアリかもしれない。
「俺は行かねえから、お前が代わりにこれで封印すれば良いんじゃねえか?」
そう言って、庄右衛門は荷物から一つの袋を取り出した。
紐を解いて広げると、様々な種類の絵筆がゾロリと入っていた。一つ一つに庄右衛門の名が刻まれている。
雪丸は一瞬、豊富な絵筆に素直に感心してしまったが、だんだん困惑したように庄右衛門を見た。
庄右衛門は思い入れがあるような優しい目で、筆の一つをソッと撫でた。
「この筆たちは俺が若い頃から少しずつ増やしてきたもんだ。手渡すのは惜しいが、お前なら使いこなせるだろ。
封印の力とかそういうのは、もしかしたらこの中の筆に宿っているのかもしれねえ。お前が使ってやってくれ」
「い、いや……」
ん?と庄右衛門が目を上げると、雪丸の顔が引き攣っている。
「わ、私は刀の力を引き出すのに集中したいし、その力は、庄右衛門しか使えないんじゃないかな!
ほら、道具には魂が宿るって言うだろ?その筆たちも、庄右衛門に使って欲しがってるに決まってるよ!」
「そんなことねえよ。この筆たちはどんな人間にも素直に応じてくれるはずだ。試しに紙に書いてみろ、ほら」
庄右衛門が細筆を一本、雪丸の手に握らせた。
硯で墨を擦っている間、雪丸は、えー…、でも…、とモゴモゴぶつぶつ言っている。
「試しにウサギでも描いてみろ。簡単だからよ」
雪丸は目に見えて嫌がっているのだが、庄右衛門は有無を言わさず促した。
雪丸は暫く躊躇していたが、やがて諦めたように描き出した。これで雪丸が筆を持って行き、別々に旅ができれば良いのだが…。
「できたよ……」
しょぼくれた雪丸が紙を差し出してきた。
頭に何かが三〜四本も生えた鹿のような物が、ヨレヨレの線で描かれていた。
「……わざとか?」
「ひ、酷い!」
庄右衛門が呟くと、雪丸の顔がカーッと高揚した。
「そうだよ、どうせ私は絵がど下手くそだよ!それでも頑張って描いたのに、わざとだなんて!
そうだよね、庄右衛門はあんなに上手に助平な絵をわんさか描ける人だもんね!絵が描けない私の気持ちなんてわからないよね!」
大声で捲し立てた後、綺麗な目にみるみるうちに涙が溜まったかと思うと、大きな粒となってぼろぼろと溢れ落ち、泣き出した。
よほど傷ついたようだ。庄右衛門は慌てて宥める。
「悪い、こんなに下手くそな奴がいるとは知らなかったんだ!
でもまあ、味があって…良いんじゃないか?この、耳か?ツノか?が沢山描いてあって強そうな所とか、目が魚みたいに死んでる所とか」
「それで慰めてるつもりだとしたら、あんた最低だな!」
しゃくり上げながら雪丸は机に突っ伏してしまった。
店主や通りすがりの者たちの目線が痛くなったので、庄右衛門はそそくさと勘定し、雪丸を引きずるようにして立ち去った。
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