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「あんたにはこれが見えているの?それとも、想像で描いたの?」
少年が絵から目を離さず聞いてきた。
「…なんでそんなこと聞いてくるんだよ」
「見えているなら聞きたいことがあるからだよ。どうなんだ?」
「どうだって良いだろ、そんなこと……」
「重要なことなんだ!教えてくれ、庄右衛門殿!」
パッと少年が顔を上げて、庄右衛門の名を呼んだ。
一瞬ギクリとなったが、なんてことはない。絵筆に庄右衛門の名が刻んであるのを見つけたのだろう。
庄右衛門は強く輝く少年の目に気圧され、渋々答えた。
「ああ、そうだ。見えとるわ。
…そいつは、夜になると、いつも俺の後をついてきて、寝首を搔こうとしてくるんだよ。」
庄右衛門には、人ではない存在が見えていた。
その化け物は、2日前から、夜にだけ姿を現して、庄右衛門を追いかけてきていた。
庄右衛門がなんとか身を隠しても、日が登るまで執拗に周辺を彷徨いて探し回っている。
うっかり寝たら殺されると確信し、眠気を紛らわす為に化け物の絵を何枚も描き続けたのだ。
「最初はなんとか追い払おうとしたり、斬りつけてみたんだが……、何にも出来なかった。そいつに傷一つ付けることも出来なかったんだ。
それでも、そいつが俺の後を這いずり回る音や、土が溶けて穴が空いた場所、そいつが這った跡が、ハッキリ残っていて、気味が悪いのなんの……」
ずりり、ずりり…。
決まって夜が更けてから。
星の輝きも月の光もわからないほど漆黒の夜空が広がった頃。
静まり返った森に、己の体を引きずる音を響かせ、ひたすら庄右衛門を探し回る、大きな蛇の化け物…。
その姿が脳裏に蘇り、庄右衛門は思わず身震いをした。
ふと、黙って聞いている少年の視線に気づき、庄右衛門は疲れ切ったような顔をして首を振った。
「まったく、俺ぁガキに何話してんだろうな。
もういいだろう。この通り、ただの頭のおかしいジジイだ。ほっといてくれ」
だが、少年はその話を聞いて、引くどころか尚更興味を持ち始めてしまったようだ。
「すごい……この力さえあれば、もしかしたら……!庄右衛門殿、あんた、いつからこういうものが見えるようになったんだ?」
庄右衛門の額に、ビキ、と青筋が立った。
「うるせぇな。関わるんじゃねえ。
お前も俺を白痴だと嘲るんだろう」
庄右衛門が少年を鋭く睨みつけると、少年が少し怯む。
しかし、すぐに調子を取り戻して、口の端を釣り上げた。
「そんな酷いこと言わないさ。少なくとも、私は庄右衛門殿の見たものを信じる。
大丈夫。その化け物のことは、必ず解決できるよ」
「は?」
庄右衛門が問いただそうとする前に、少年は元来た方向へ走り去って行った。
「なんだ、あいつ……」
庄右衛門は暫く少年の後ろ姿を見ていたが、やがて日が傾き始めていることに気づき、紙や筆を片付けた。
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