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それから庄右衛門は、川からまた歩き、森の中にいた。
化け物に追われてもう三日目になる。早く手を打たねば、今夜にでも殺されてしまうかもしれない。
庄右衛門は、高く生い茂った樹々を見て、ここで大蛇を迎え撃つことにした。
(あんな気味の悪い化け物が追いかけてきているんだ。
宿じゃなくて、せめて動き回れるところで足掻いてやる…。)
庄右衛門はひょいひょいと身軽に木の高いところまで登り、幹に身を寄せながら、懐に手をやる。
(あんなもんばっかり見えるようになったのは、絶対『あの日』からだ。
それ以外に理由が思いつかん。)
右手で懐の棒手裏剣をしっかり握り、左手には小ぶりな爆薬。その姿勢のまま眠気と戦いながら、刻一刻と夜が更けていく。
やがて虫も草木も眠る静かな森に、ずりり、と何か何かを引きずるような音が聞こえてきた。
(来た…!)
庄右衛門は息を潜めながら、怪物の居場所を確認する。音はするものの、まだ姿が見えない。
ぼと、ぼたた。
庄右衛門のすぐ傍に何かが落ちる。庄右衛門が立っていた枝が蒸気を上げてみるみるうちに溶けていった。
咄嗟に庄右衛門は別の木に飛び移った。
次の瞬間、ガチィンッと大蛇の歯と歯が鳴り響く。
ついさっきまで庄右衛門がいた場所に、噛みつこうとしていたのだ。
(危なかった……!)
流石に肝を潰したが、すぐに大蛇に爆薬を投げつける。大蛇の側頭部に当たるタイミングで、棒手裏剣を打ち付けた。
たちまち大きな爆発音と共に爆薬が炸裂する。
勢いよく息を吸ったようなシューッという音を立てて、蛇がよろけた。
だが、すぐに立ち直った。
今度は手当たり次第、庄右衛門を殺そうと木々のあちこちに噛みつきだした。
庄右衛門はなんとか避けていくものの、木はどんどん倒されていく。
蛇が獲物を捕らえる時によく見る強烈な刺突が太い幹や根元を抉り、易々となぎ倒した。
庄右衛門が逃げれば逃げるほど、足場が消える。森が潰れていく。
(これでは時間の問題だな……)
何とかしなければ、と思考を向けようとした時、足元の枝がジュッ、と音を立てて穴が開いた。
うわっと声を上げて地面に落ちる。
大蛇が口から垂れる毒を、水鉄砲のように庄右衛門に当てようと飛ばしていたのだ。
庄右衛門はすぐに立ち上がって木に向かって走る。
その後を追うように毒が打ち込まれていく。
ずりずりずりっと大蛇も追ってきているようで、どんどん庄右衛門との差が縮む。
庄右衛門は棒手裏剣を3本、大きく振りかぶって目の前の木の幹に打ちつけた。
その棒手裏剣に器用に足をかけ、木の上へあっという間に駆け上った。
が、大蛇の大きな口が庄右衛門の足の速さを超えて襲ってきた。
「くそっ……!」
庄右衛門は大きく上体を傾けて口を避けた。
その勢いを殺さず腰を捻り、思い切り大蛇の頭に蹴りを入れた。
当然、大蛇に大した傷は入らない。
しかし庄右衛門の体は勢いよく別の木に向かって飛んだ。
(しかし、ここまで何の攻撃も効かないとなると……)
このまま朝日が登るまで大蛇の攻撃を避けて逃げ回っても、いずれは庄右衛門の体力が尽きてしまう。
動けなくなったところで大蛇は庄右衛門を殺すだろう。
ふと大蛇の姿が目に入る。
引きで全体を見ると、おかしなことに気付いた。
夜なので見えにくくなっているだけかと思いきや、大蛇の姿が何故か、初めて見た時と比べてところどころ消えかかっている。
地面や木々に擬態しているのとは違う。
明らかにその場所が透けて消えてしまっているのだ。
(どう言うことだ?もしかして、コイツ死にかかっているのか?)
そう思った矢先、足場にしていた木が大きく揺れて、倒れ始めた。
慌てて庄右衛門が跳ね上がり、まだ残っていた手近な木に飛び移ろうとする。
しかし、ずりりり、と大蛇が大きな口をガパッと開けて回り込んだ。避けようがない。
(ここまでか!)
庄右衛門は覚悟を決め、懐のクナイを取り出した。
大蛇の口の中に突き立ててやろう。タダでは死なない。
せめて小骨が喉に詰まったかのような不愉快な目に合わせてやる。
鋭い歯がギラリと並ぶ、恐ろしい口の中に落ちる瞬間、妻と息子たちの姿が頭をよぎった―。
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