私は彼の消しゴム

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消しゴムになってからというもの、視覚、聴覚は残っているのに触覚は鈍くなり、味覚は存在しないので、なんだか物足りない。 視覚や聴覚があると言っても、目や耳が何処にあるのかは自分自身で分かっていない。人間と同じように何処かに穴があるのかもしれないし、もしかしたら身体全体が感覚器官になっていて、彼が私をカバーを付けずに剥き出しで使ってくれているおかげで、見たり聞いたりできているのかも知れない。 自分自身について分からないことばかりであったが、彼が私に触れる感覚で自分の残りの大きさだけは分かっていた。 私が消しゴムになってから、おそらく三分の一は減っている。 彼は家でも勉強熱心だったので、私が減っていくのは早かった。 これは悪いことではなくて、私が減るということは彼が頑張っている証であるのでどちらかと言えば良いことである。 '頑張って' 声を出す事は出来ないけれど、心の中で彼を応援する。 彼が私を使う時にはなるべく使いやすいように私も身体に力を入れた。 力の入れ方があっているのか、そもそも消しゴムに力なんてあるのかはわからない。消えやすいように文字に触れた面を意識したりもしたが、結局は彼の力の加減が全てであり、消しゴムである私にできる事は限られている。それでも少しでも彼の為になるよう、私に考え得ることは全て試してみた。 だからこそ、期末テストで彼が良い成績を収めた時は私も嬉しかった。 人間の時よりも生活の物足りなさはあるものの、消しゴムにならなければ得られなかった幸福感を得られているので後悔はしていない。
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