私は彼の消しゴム

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「病院にいる柊木のために手紙を書こう。」 ある日のホームルームで担任の先生はそう言った。 柊木というのは私の事だ。私の身体はどうやら病院で眠っているらしい。 私そのものが消しゴムに変形したのではなく、私の意識のみが彼の消しゴムに移行しているということになる。 確かに、変形したとするなら小さくなりすぎていて、体積が消失していることになるので、あり得ないだろう。(言ってしまえば今のこの状況もあり得ないが。) 「先生、何で手紙ですか。意味無くないですか。」 クラスメイトの誰かが言った。 その通りだ。私も意味がないと思う。 意識不明の私の身体に手紙を送ったところで、読めやしない。 「書くことに意味がある。読んでもらうための手紙ではない。文字には力がある。文字に書き起こす事によって想いは強くなるんだ。その想いはきっと眠ったままの柊木にも届くはずだ。」 先生はそう言うと、それ以上生徒の声を聞く事なく便箋を一人一人に配った。 配られた生徒達は徐ろに何かを書き始める。 私に対する何かをだ。そんなにすぐに書き始められるほど私は皆と関わっていただろうか。皆は私に対して何を想っているのだろうか。 気になるのに、消しゴムである身では移動して見る事ができなかった。 彼の元にも一枚の便箋が配られる。 B5サイズで縦書きの白い便箋。 私は彼がシャープペンを持って何を書き出すのか気になった。 彼はシャープペンを持ったまましばらく考え込んでしまっていた。 それが正常な反応だと思う。人間の私は彼にとっての何者でもなく、ただのクラスメイトの一人なのだから。 しばらく考えた後、ゆっくりと書き始める。 一文字にこんなに時間をかける彼は初めてだ。何を書いているのだろうか。私の角度からだと彼の左手が邪魔で見えない。 彼は何文字か書き終えた後に、シャープペンを置いた。 そして難しい表情をして私を持つ。 ようやく見えるようになった便箋には、 今までで一番丁寧な文字で、 '好きです' と書かれていた。 見間違いだと思ったけれど、こんなに綺麗な文字を見間違うわけがなかった。 難しい表情のままの彼は私を、好きという文字に押しつける。 私への告白を、私を使って消した。 それから彼は、何も書けずに白紙のまま提出した。
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