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彼はそれからも毎日私を、形を整えながら丁寧に使い続けてくれた。
私はそんな彼の真心に応えるように最後の一欠片まで塵となり、消しゴムとしての役割を全うした。
視界が真っ暗になった後、沢山の彼の表情が思い浮かんで、
笑った顔、困った顔、真剣な顔、悲しい顔、そのどれもが所在不明な私の心を締め付けた。
やっぱり私は、人間として彼の傍に居たい。もしも、もう一度、彼に想いを伝えられる機会があれば、今度はちゃんと伝えたい。
そんな後悔とも言える希望を暗闇の中で抱き、意識のみで浮遊する。
このまま、現世ではないどこかに置いていかれる覚悟もしていた。
しかし、その暗闇が瞼の裏であることに気がつき、光を押し上げるように瞼を開く。
白い天井と白い布団、白いカーテン。
私は白い病室で仰向けになっていた。
身体の感覚がある。匂いがする。
「戻れた、?」
声もちゃんと出せる。
情けなく細い指も、女らしくない爪の形も、腕のホクロも、間違いなく私だった。
人間の感覚を確かめながら徐ろに上体を起こし、辺りを見渡すと、
サイドテーブルには私宛の封筒が積まれていた。
見ると、その中には彼のものが二つ。
一つは私の知っている便箋が入っていて、当然何も書かれていない。
もう一つはノートの切れ端のような紙に、彼の丸くて可愛い文字で
'伝えたいことがあります'
と書かれていた。
私も、彼にちゃんと伝えたい。
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