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冬城が亀見署に戻ったのは夕方だった。
「おい、拾壱郎。いったいこんな時間まで何やってたんだ?」
「いろいろとです」冬城は慣れた手つきでシルクハットを脱いで、帽子掛けに引っ掛けた。「ところで、群馬くんは?」
「前橋か」
宇都宮は部署内を見回していると、冬城に気づいた前橋が「あっ」と声を上げてこちらへやってきた。
「警部補、お疲れ様です」
「そっくりそのまま返しますよ。ところで、例の件は?」
「ああ、調べました」
「サンキュー!」
誰に対しても丁寧な言葉遣いなのが冬城の特徴だ、しかし、宇都宮はそんな会話をさっぱりわからぬ様子で、眺めていた。
「何の話だ?」
「まあまあ、栃木さんも聞きましょう。群馬くん」
「はい」前橋はメモ帳を取り出し、それを読み上げ始めた。「それで、江島証ですが、現在高校二年生で十六歳、あ、男です」
「それはすでに知ってますよ」
「で、エジマアカシってだ——」
「栃木さん、シーッ!」
しかし、話を静かに聞くとしても、見たこともなければ聞いたこともない人の名前をいきなり出されても困るだろう。
「ええと、小学校の教師によると、江島は小学生のころから奇行が目立っていたらしいです。二年生のころ、担任の先生の教卓にカエルの死骸を置き、大問題になったらしいです。やばいくないすか⁉」
「確かにやばいが、エジマアカシって——」
「シーッ!」すかさず冬城に制される。「続けてください」
「は、はい。江島は児童相談所に連れていかれ、そこで精神病質——いわゆるサイコパスですね——の診断を受けています」
「やっぱり‥‥‥」
そこで冬城が呟く。
そちらを向くと、真面目な顔で彼は舐めた指で顎を撫でていた。
「報告は以上です」
「ご苦労様です。やはり、江島くんは精神病質か‥‥‥。おっと、栃木さんの存在をてっきり忘れていました。一応説明をしておくと、江島証なる少年は亀見総合高校の生徒です」
「ああ」
そのことはある程度予想がついていたので、そこまで以外ではなかった。彼は続ける。
「そして、僕が犯人だと疑っている人物でもあります」
「何⁉」
犯人‥‥‥。もはやこの事件が殺人事件だということは前提らしい。
教卓のプリントが乱れていたことや、真壁の鼻骨にヒビが入っていたということは分かったが、それでもやはりこれが殺人だと言い切ることはできないだろう。
しかし、冬城は。
「正直に言うと、僕は彼が犯人だと確信しています。それで学校でも彼のことについて訊きまわったんですが、かなりいい収穫になりました。そこで、一つ江島くんが犯人だということを裏付けるエピソードを紹介するとしましょう——」
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