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すると青島は、宮下の視線を捉えるように目を合わせると、おもむろに笑顔を浮かべた。
今日初めて、宮下が目にした青島の営業スマイルだった。
「私事で恐縮なんですが、そちらの宮下さんと私には共通の知人がおりまして、滅多にない機会ですので、この後、一杯お付き合い願えないかと思っているのですが、いかがでしょう。」
突然の申し出に、二人は驚いたようだった。
しかし気の良い上司は、それならと言って、詮索することもなく、その場を後にした。
宮下は呆気に取られて、その場に立ち尽くす。
「迷惑だったかな?」
先程とは打って変わって、砕けた様子で、青島が声を掛ける。
「いえ、そんなことは。」
臆することのない青島に戸惑い、宮下は言葉少なに返事をした。
「中西とは部下として10年来のつき合いだが、恋人同士になってからは、まだ日が浅くてね。ここの出身だということも、この出張をきっかけに聞かされたくらいなんだ。」
悪びれる様子もなく、自分の恋人の事を聞きたいのだと意思表示する青島に、宮下はやや呆れながらも、共通の話題なんて、それしかないじゃないかと自嘲する。
「やっぱり相変わらずだな。」
宮下の表情が懐かしむような柔らかいものになって、青島は思わず目を見張る。
「分かりました。まさか青島社長から誘って頂けるなんて思いもよりませんでしたが、喜んでお受けします。」
試合に挑むような真っ直ぐな目で、宮下は、青島に返事をした。
「ありがとう。夕食はこちらのレストランで、御社の社長と頂くことになっているんだ。その後、例のバーで良いかな。」
『例の』とは自分と未来が、同窓会をした場所のことなのは言っているのは明らかで、宮下は平然と頷いて見せた。
「分かりました。予約しておきます。」
そう言って宮下は名刺を取り出し、何やら書き込んでいる。
「開発部門の名刺には、携帯の番号がないので、これを渡しておきます。終わったら連絡頂けますか?」
「分かった。宿泊は駅前だからチェックインしてから、また来るよ。では、後ほど。」
踵を返して、颯爽と歩いて行く青島の後ろ姿を見送りながら、宮下はなぜか清々しい気持ちになっていた。
そうして青島が工場の外に出ると、迎えの車から未来たちの世話もしていた、広報担当の緒方が降りてきた。
「お疲れ様でした。いかがでしたか?」
「とても良いお話が聞けました。ありがとうございます。」
軽く頭を下げた青島に、緒方は満足そうな笑顔を見せた。
「ホテルまでお送りします。」
夕食に合わせて迎えに来る、と言う緒方の申し出を丁寧に断りながら、青島はホテルの前で車を降りた。
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