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この辺りの数件しかないホテルの中で、1番大きなシティホテルは、平日とあって閑散としていた。
フロントに向かおうとした青島は、自分に向かって来る不自然な人影を認めて、これまでにないくらい驚いた。
「青島社長、お疲れ様でした。」
「どうして君が、こんな所に…。」
「昨日、青島社長とお話しして、やっぱり私が勇気を出すべきだと思って、待っていたんです。」
青島は訳も分からず、目の前にいる女を見た。
そして可愛すぎる花柄のワンピースを着て、頬を染める松本明穂の期待に満ちた上目遣いに、その意図を悟った。
「有休を取ったのか?」
我ながら、とんちんかんなことを聞くもんだと青島は思いつつ、どう立ち回るのが正しいのか、考えを巡らせる。
「はい。実は少し前から、この出張が二人にとってチャンスじゃないかと思っていたんです。いろいろ迷っていたんですけど、女性からアプローチされるのは願ったり叶ったりだって言われたので、ここまで来ることが出来ました。」
感極まる明穂に、青島はなるべく感情を出さないように気をつけながら、静かに声を掛けた。
「実は、まだ仕事が残っているんだ。チェックインしてから、戻らなきゃならない。」
すると明穂は、少し残念そうにしながら、しおらしく頷いた。
「あとで連絡するから、それに従って欲しい。」
青島の抑えた低い声に、明穂はうっとりした目で、胸の前で祈るように両手を組む。
「私、部屋で待ってますね。お仕事頑張って下さい。」
何度も振り返りながら部屋へ戻って行く明穂が、エレベーターに乗ったのを確認すると、青島は足早にフロントに向かった。
そうしてチェックインを済ました青島は、早速、電話を掛け始めた。
「全く。寂しい夜になると思っていたのに。」
そう呟いた青島は、電話口から聞こえてきた、聞き慣れた女性の声に安堵しながら、これからのことについて話し始めた。
それから、先程貰ったばかりの名刺を取り出すと、手書きで書かれた携帯の番号を慎重に押してから、携帯を耳に当てる。
「青島です。まだ仕事中かな。申し訳ないが折り入って相談があってね。」
初対面で不躾なことばかり言ってくる、同級生の恋人に、電話の向こうの宮下は、空いた口が塞がらなかった。
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