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さっきまでの興奮を落ち着けるように深呼吸をして、ゆっくりと言葉をつむぐ。
丁寧に言葉を選んでいるのだろう。
「ずっと、お礼を言いたかった人がいます。……俺は面と向かってそういうの言えないから、今から歌で伝えようと思う」
一瞬だれのことだろうと思ったが、おそらく駆くんと白石くんのことだ。理久矢くんを育てたご両親でもなく、理久矢くんにギターを与えたお兄さんでもない。
なぜだかそう確信した。
「ほんとは、この日のためにちゃんと曲を用意しとくつもりだったんだ。……けど、この曲だけ、なぜかぜんぜん上手くいかなったんだよね。だから、今この場で即興します」
「おー」という声が静かにわき、会場がざわめく。
しかし歌はすぐには始まらない。代わりに、アコースティックギターの弦をつるつると触る。その仕草が恥ずかしさを誤魔化すためのように見えてドキッとした。
たしかに理久矢くんは真面目なトーンで改まって何かを伝えるタイプじゃない。照れ屋な一面も見たことがある。
「……考えれば考えるほど、頭に何もおりてこなくて、伝えたいことがなんなのかもわかんなくなっちゃってたけど」
旧校舎の古い教室で、僕に打ち明けてくれた。
あの二人にはすごく感謝していると。彼らのお陰で音楽を続けられたのだと。
あれは、理久矢くんが本当に伝えたかった言葉なのだ。それを歌に乗せるなんて、理久矢くんらしい表現だなと思う。
そして、ずっと客席後方に視線を向けていた理久矢くんが、突然最前列に目を向ける。
「今、このライブで、はっきりわかった」
ギターの和音が響き、言葉を彩る。
「聞いてください。俺の、大事な、大切な、――三人の友達のための歌」
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