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本当だ。右の頬のところにセーターの跡が残っている。机に突っ伏して寝ていた証拠だ。
顔の造りに目が行って全く気付かなかった。
水戸くんはセーターの跡を清水くんに指で突っつかれながら、恥ずかしそうにしている。
なんだ、意外と普通の高校生男子の一面があるんだなと思うと、急に親近感が湧いておかしくなってしまった。
「あはは、水戸くんも授業中眠くなったりするんだ」
「おい、スミ。理久矢でいいって言ったろ。それに今日はたまたまだ!」
そうだ、呼び方を理久矢くんに直さなきゃ。
下の名前を呼ばれるのも慣れないが、人の下の名前を呼ぶのも慣れない。
「うん、理久矢くん」
自分が「理久矢」と発した響きに、どうしてもぎこちなさを感じてしまう。そのうち慣れるのだろうか。
理久矢くんは右頬を手で隠しながら口を尖らせこちらを見るが、しばらく目が合っていると急に笑顔になった。
清水くんに引き続き、また不意打ちのキラースマイルを喰らってしまった。
「確かに理久矢が授業中寝るのって珍しいな」
「そうなんだよ、オミ」
理久矢くんに声をかけたのは白石和臣。どうやらオミというあだ名で呼ばれているらしい。
白石くんはあまり抑揚のない淡々とした喋り方で会話を続ける。
「バンドが忙しいのか?」
「いや、そんなに忙しいわけじゃねぇんだ。昨日はさ、作曲の調子が良くて、もうなんか色々降りてきちゃって止まんなくなったんだよな。んで気づいたら朝だった」
「だから朝からずっと眠そうだったんか」
理久矢くんが気怠げに「そうなんだよー」と相槌を打つ。
彼がバンドを組んでギターボーカルとして活躍しているのは学内では有名だった。
僕は音楽やバンドに詳しくないが、ライブを開けば必ず満席で、すぐにチケットが完売してしまうくらい人気があるというのは知っていた。それくらい有名人なのだ。作曲もやっているというのは初耳だったが。
「曲が降りてくるって、どんな感じなの?」
清水くんが興味津々といった顔で理久矢くんの方へ前のめりになる。
「んー、なんかこう、鳴らした音が次の音を教えてくれる感じ? この通りに弾けばいいって。昨日はひたすらそれに従ってたな」
「うん、ちょっと何言ってるか分かんないけど、とりあえずすごいよ。理久矢は」
清水くんが前のめりになった体をわざとらしくスッと戻す。
「おい、カケちゃんの方から聞いてきたくせに、雑にまとめんなよ」
わはは、と明るい笑い声がグループ内に響く。僕も釣られて自然と笑ってしまう。
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