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すると理久矢くんが自分の唐揚げを僕の口の前に持ってきた。
「……えっと」
「あーん、して?」
「あ、あー」
反射的に口を開けると唐揚げが押し込まれた。生姜がよく効いていて美味しい。これが水戸家の味なのだろう。
お礼を言いたいが、大きめの唐揚げを一口で頬張っているため喋ることができない。
もぐもぐと咀嚼の速度を早め、「ありがとう」と言えるタイミングを見計らう。その間ずっと理久矢くんがこっちを見ていた。
やっと飲み込み終わりお礼を言おうとしたが、理久矢くんは「美味しそうに食べるね」と言ってまた新たなおかずを持ってきた。
「スミ、卵焼きもあげる。はい、あーん」
「え、あ、あーん?」
「あ! さっきから理久矢ずるい! 俺もハンバーグ一口あげる。スミくん、あーんして?」
「おいおい、駆、スミのペース考えろよ」
こうして白石くんが「お前らいい加減にしろ」と止めるまで、理久矢くんと彼に対抗した清水くんによって交互におかずを口に詰め込まれ続けたのだった。
一緒にお昼ご飯を食べて、三人が楽しく話しているのを聞いているだけで十分すぎるくらいだったのに、この展開に思考が追いつかない。
だって、よく考えたら普通こういう、食べ物を「あーん」ってするやつ、恋人同士がやるものじゃないのか? 友達同士でも、気さくな人たちはするのだろうか?
友達がいなかった僕には、彼らとの距離感が掴めずどういう反応をしたらいいかわからない。
しかし、今までよりお昼休みが幸せな時間であったことは確実である。
笑顔もたくさん向けてもらったから、僕も笑顔で返していいよね? と心の中で自問自答する。
「あ、あの……えっと、お昼誘ってくれて、ありがとう。すごく楽しかったよ」
彼らのように自然な笑顔はできないけど、感謝の気持ちを精一杯伝えるべく、できる限りの笑顔を作る。
すると三人からじっと見つめられ、沈黙が流れた。
――あれ? なんか空気悪くしちゃったみたいだ。作り笑いが気持ち悪かったかな、慣れないことするもんじゃないか。
僕は早くこの場から去ってしまおうと「じゃあ」と言って、お弁当箱を片付けようとした。
「ねえ、スミくん、反則だよそれ」
「スミかわいい。もう眠気吹っ飛んじゃった」
清水くんの反則という言葉の意味がよくわからなかったが、どうやら不快な気分にさせたわけではないようだ。
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