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月に照らされ、仄白く染まる寝室。
その夜、姫はすっかり忘れかけていた眠気というものを感じていた。
「なんだか眠れそう――」
天使のような睡魔に導かれるまま、重くなったまぶたを閉じ、姫は「おやすみなさい」と呟いた。
朝になっても寝室から姿を見せない姫。城の者たちは耳をそばだて、部屋から漏れてくるかすかな姫の寝息を聞いた。
「ついに姫が眠ったぞ!」
安眠する姫をよそに、城の者たちは歓喜に沸いた。が、喜びも束の間、昼になっても夜になっても目を覚まさない姫。城の者たちは異変に気づき、老婆を城に呼び戻した。
「おい! 姫に何をした!」
「眠らせて欲しいっていうもんだから、願いを叶えてあげたのさ」老婆は言う。
「忠告したはずだよ。おやすみを取り戻すかわりに、あるものをひとつ奪うって」
「あるもの? 姫から何を奪ったんだ!?」
「ふふふ。そんなに知りたいのかい。それは、おはよう、だよ」
「ふざけるな! じゃあ、姫は二度と目覚めないとでもいうのか?!」
「まぁ、そうカリカリなさんな」呆れたように老女がなだめる。
「なんてことはない。隣国の王子が優しく口づけすれば、姫が目覚めるように仕込んでおいたのさ」
城の者たちは目を丸くする。
「何をボサッとしてるんだい! 早く隣国に行って、王子を連れてきな!」
老婆はすごい剣幕で怒鳴った。
城の者たちは大慌てで寝室を飛び出し、身支度もせぬまま、隣国に向かい出発した。
「せっかく眠れたんだ。素敵な目覚めが待っているほうがいいだろう?」
「なるほど。そういうことですね」
執事は老婆の粋な計らいに感心しながら、用意してあった報酬を差し出した。
「報酬は結構。依頼主からたっぷりいただくからね」
「依頼主?」
「隣国の王子さんだよ。姫と復縁したいとギャアギャア騒ぐもんだから、わたしがひと役買ってやったのさ」
老婆の言葉に、執事もまたその目を丸くした。
「で、では、姫の不眠も?」
「もちろんさ。妙な果実を食ったとか言ってなかったかい?」
「あっ! そういえば……」
「すべてはわたしの手のひらの中さ」
老婆は執事のそばに歩み寄ると、一枚の名刺を差し出した。
「恋のトラブルがあれば、ぜひご用命を。わたしが何とかして差し上げましょう」
そこには『恋愛演出家』と書かれていた。
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