眠れぬ城の姫

3/3
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 月に照らされ、(ほの)白く染まる寝室。  その夜、姫はすっかり忘れかけていた眠気というものを感じていた。 「なんだか眠れそう――」  天使のような睡魔に導かれるまま、重くなったまぶたを閉じ、姫は「おやすみなさい」と呟いた。  朝になっても寝室から姿を見せない姫。城の者たちは耳をそばだて、部屋から漏れてくるかすかな姫の寝息を聞いた。 「ついに姫が眠ったぞ!」  安眠する姫をよそに、城の者たちは歓喜に沸いた。が、喜びも束の間、昼になっても夜になっても目を覚まさない姫。城の者たちは異変に気づき、老婆を城に呼び戻した。 「おい! 姫に何をした!」 「眠らせて欲しいっていうもんだから、願いを叶えてあげたのさ」老婆は言う。 「忠告したはずだよ。おやすみを取り戻すかわりに、あるものをひとつ奪うって」 「あるもの? 姫から何を奪ったんだ!?」 「ふふふ。そんなに知りたいのかい。それは、おはよう(・・・・)、だよ」 「ふざけるな! じゃあ、姫は二度と目覚めないとでもいうのか?!」 「まぁ、そうカリカリなさんな」呆れたように老女がなだめる。 「なんてことはない。隣国の王子が優しく口づけすれば、姫が目覚めるように仕込んでおいたのさ」  城の者たちは目を丸くする。 「何をボサッとしてるんだい! 早く隣国に行って、王子を連れてきな!」  老婆はすごい剣幕で怒鳴った。  城の者たちは大慌てで寝室を飛び出し、身支度もせぬまま、隣国に向かい出発した。 「せっかく眠れたんだ。素敵な目覚めが待っているほうがいいだろう?」 「なるほど。そういうことですね」  執事は老婆の粋な計らいに感心しながら、用意してあった報酬を差し出した。 「報酬は結構。依頼主からたっぷりいただくからね」 「依頼主?」 「隣国の王子さんだよ。姫と復縁したいとギャアギャア騒ぐもんだから、わたしがひと役買ってやったのさ」  老婆の言葉に、執事もまたその目を丸くした。 「で、では、姫の不眠も?」 「もちろんさ。妙な果実を食ったとか言ってなかったかい?」 「あっ! そういえば……」 「すべてはわたしの手のひらの中さ」  老婆は執事のそばに歩み寄ると、一枚の名刺を差し出した。 「恋のトラブルがあれば、ぜひご用命を。わたしが何とかして差し上げましょう」  そこには『恋愛演出家』と書かれていた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!