1人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「おはよ、紘」
張り詰めるような冷たい空気。その風に頬を赤く染めて、要が笑っている。
「おはよ」
「あれ、今日はマフラーしてないんだ。寒くない?」
言いながら自分のマフラーを外そうとする要を、慌てて止める。
「平気だから。大丈夫」
少し不満そうな顔。ほっと息を吐いて、要を追い抜いた。首元を風が吹き抜け、思わず首をすくめる。
要の近くに寄らないように、要を避けて歩く。私を庇って要が怪我をするなんて、そんな重荷になりたいわけじゃない。
「紘っ!」
腕が強く引っ張られて、気が付けば要の腕の中。目の前を車が勢いよく走り去る。要の優しい柔軟剤の香りに包まれて、強ばった体の力が抜けた。
「ちゃんと前見て歩いてよ。危ないから」
「……ごめん」
腕を緩める要に、それだけ言って、私は俯いた。
ああまた、私のせいで。
人混みの中を進んでいく要の背中は遠くて、伸ばした手は届かない。この距離が、私達にはきっと丁度良い。人混みに隠れて、私は走った。
最初のコメントを投稿しよう!