記憶保持者

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記憶保持者

 ──はじめまして。私はあなたの記憶保持者です。  数日前、あなたは交通事故に遭い記憶を失いました。  現在あなたの名前、年齢から家族構成、学歴、交友歴、性癖に至るまで全ての記憶を私が有しています──  はい?  ──せっかく忘れられたのに、記憶、返してほしいですか。お勧めはしませんが。どうしてもと言うのならば、お返しします。  どうぞ────  私は高野(たかの) 冬夫(ふゆお)。よく『こうやどうふ』と名前で(いじ)られたものだ。  友と呼べるものはいない。こんな名前をつけた両親は、私の15歳の誕生日に事故で死んだ。  年齢=彼女いない歴と言うやつで、(まご)うことなき童貞。  大手企業に就職したが、ある程度金を貯めて退職した。どうも、人付き合いが苦手だったのだ。今は(もっぱ)ら引きこもり生活を満喫している。  私が亡くなった両親と同じ歳になった誕生日の昼下がり。推しのフィギュアを買いに出かけた帰り、不運にも事故に遭った。 「ああ、死ぬんだ」と思った。だってダンプカーに轢かれるのだから、間違いなく死ぬものだとばかり······。  目を開けると、いつもより視界が狭い事に気づいた。致し方ない。一見(いっけん)ミイラ男の様に、包帯でぐるぐる巻きなのだ。  まるで夢を見ていたかのような感覚で、脳内で天の声のようなものが聞こえていた。私の記憶がどうとか。  お勧めされなかったのだから、あのまま手放しておけばよかったのに。こんなつまらない人生など、思い出す価値も、留めておく価値もない。  ああ、もう一度天の声が聞こえないものだろうか。  ──記憶を手放しますか?  あなたが望むなら、今一度、記憶をいただきます。  記憶を手放しますか?  ▶YES NO  さぁ、選択してください── 「YESだ!!」  病室で叫んだ私は精神科を受診させられた。聞くところによると、事故に遭い記憶喪失になったらしい。  私には記憶が無い。どこに帰ればいいのだろう。このフィギュアは私の物らしいが、全く趣味ではない。こんな変態が視姦していそうな破廉恥なもの、けしからんではないか。  クスクスと笑う声が聞こえる。  どこからかではない。脳内で聞こえている。 「誰だ! 笑うな! 黙れっ!!」  ──ザザァ 「こちらGEOA2359。対象の記憶の回収が完了しました。──はい、対象自ら手放したので代償を与えました。予定通り精神病棟で経過観察中です。報告は以上。定時連絡を終了します」  ザザッ──  ──クスクス。つまらない物でも捨てるからにはお代が必要なの──  こうして沢山を失う人がいるんだとか、いないんだとか。
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