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その最初の一歩を目の当たりにした瞬間こそが、本当の意味での僕と彼女の出会いだった。
驚くほど低い姿勢でスタートラインを飛び出していく我室さんの姿に、僕の視線はあっという間に釘付けになった。
それから徐々にスピードに乗るにつれて、彼女の一歩一歩の足さばきがどんどん軽やかになっていく。ザッザッザッと軽快に土の地面を蹴る音が、遠巻きで眺めている僕の耳にも聞こえてくる。決して男子のように〝力強さ〟や〝たくましさ〟を感じさせる走りではないが、細身な体はまるで風に吹かれるみたいにスイスイと前へ進んでいく。
すごい……。スピードもさることながら、なんと美しい走りなのだろう。隣の女子が必死に地面を蹴って走っているのに対し、彼女はまるで見えない翼で宙を舞っているかのようだ。これは尊が注目するのも頷ける。彼女のしなやかで軽々とした走りは、男の僕にすら羨望を抱かせてしまうほど見事だった。
しかし驚愕、羨望の他に、僕の胸中にはもうひとつの感情が沸き起こっていた。
それは、違和感。
あのような華麗な走りを観るのは初めてのはずなのに、どうにもその事実がしっくり来なかったのだ。
あの人の走り……僕は以前にもどこかで――
まさかと思い記憶を巡らせようとしたが、違和感の正体に行き着くよりも早く、彼女は全長50mの砂の大地を軽やかに駆け抜けていった。
時間にして、約7秒。
普段なら意識することもなく消化されていくような僅かな時間。
だがそんな時間がまるで何倍にも濃縮された呑み物のように僕の意識に染み渡り、過ぎ去ってもなお強烈な後味を残していた。
ゴールラインを超えたしばらく先で停止した彼女に向かって、計測係を務めていたクラスメイトが大きな声で【7秒5】というタイムを読み上げた。
「ヒュー、さすがレンカちゃん!」
直後、隣にいた尊が小気味よく口笛を鳴らす真似をした。こいつが自分以外の人間に目を輝かせるなんて珍しい。一緒に見ていた僕も何か感想を求められているような空気を感じたので、
「うん……すばらしい走りだったね」
率直に感じたことをやや気取ったニュアンスで批評すると、尊は少しばかり得意げに笑みを浮かべた。
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