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02 後悔と失意
ハンドボール投げの計測が終わり、50m走を行う直走路に移動しようとしていた時、
「ナグ、せっかくだし勝負しようぜ!」
尊に不意を突かれ、両肩をかっちりとホールドされてしまった。
「勝負なんかしたって、僕が尊に勝てるわけないじゃん」
僕は遠慮するつもりで拘束から逃れようとしたけど、尊はニコニコと僕の両肩を掴んで離さない。
「なに弱気なこと言ってんだよ! やってみなきゃ分からねーだろ?」
「だって尊は陸部で、しかも専門は短距離なんでしょ?」
「まだ始めてから1ヶ月だっつーの! 競技歴ならお前のほうが長えよ」
「僕のは小学生の頃の話だから」
「大丈夫だ、その頃の貯金がまだ残ってる」
「そんなの中学3年間の帰宅部生活でとっくに使い果たしたよ」
色々と抗弁を試みたものの、結局そのまま無理やりスタートラインに並び立たされてしまった。
『位置について!』
こうなったら仕方がない。尊には勝てなくとも、せめて女子のタイムには負けないように頑張ろう。
僕は石灰で引かれた白線に両手をついた。後ろの人が足を貸してくれるので、それをスターティングブロックの代わりにして両足を添え、クラウチングスタートの姿勢をとる。
『よーい……』
無理のない程度に腰を高く浮かせて——
『はいッ!』
合図を聞いた瞬間、全力で土のグラウンドを蹴った。
スタートの基本は体を前傾させることと、腕を大きく使って地面を強くキックすることだ。そうすることでキックの力を効率よく推進力に換え、よりスムーズに加速していくことができる。
かつて何百回と練習した動きだ。イメージはいまでも完璧に体に染み付いている。あとはそのイメージ通りに動けば、体は自然とスピードに乗ってくれる……
……はずなのに。
現実の僕の体は、まったく思い通りスピードに乗れていなかった。
死に物狂いで手足を動かしながら、僕は思う。
ああ、またこの感覚だ。
こんなに強く地面を蹴っているのに。
こんなに激しく腕を振っているのに。
体が全く思うように進まない。かつて感じていたはずのスピード感が得られない。
まるでぬかるみの上でバイクが車輪を空回りさせるみたいに、地面に着いた足は反動をうまく全身に伝えることなく後方へと流れていく。
違う、こんなのは僕の走りじゃない!
ふと視覚に意識を向けると、尊の大きな背中が数メートル先に見えた。
うわっ、なんて無茶苦茶なフォームなんだ。上体がやけに右側に傾いているし、視線が下を向いている。よもやそこにサッカーボールがあると錯覚しているのではあるまいか。
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