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コロナ禍の所為で盆休みなのに何処にも旅行に行けない。嗚呼、つまらんと五十嵐は御多分に漏れず嘆いていた。長崎市の活気のない空いた街中を歩いていると、溜息も出ようというものだ。案の定、閉店している旅行代理店を目の当たりにした日には、大の旅行好きの五十嵐はすっかりげんなりするのだった。
ところが、「今こそ無人島ツアー!!」なる文字が躍る看板が目に飛び込んできたものだから成程、無人島なら感染する恐れはないもんなと五十嵐は諒とし、これは面白そうだと乗り気になるや、その看板を掲げている旅行代理店に迷わず入って行った。
「ようこそお越しくださいました。こちらは今こそ無人島ツアー手続きカウンターでございます」
いきなり妙に息の合った二人の店員に言われた五十嵐は、久しぶりに旅行に行けるぞと早くも期待しながらカウンター席に座ると、「私どもはこのツアーのガイドを担当させてもらっております弓岡です。島本です」と続けて名乗られた。「私どももお客様と共に私どもがご用意しますチャーター船で無人島を渡り、ツアーのサポートをさせていただきますのでよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく」と客気に駆られていた五十嵐は、もう行く気になって答えた。
「それではまず無人島ツアーの説明をいたしますので」と弓岡が言いだしてからの内容はこうだった。長崎港から西へおよそ100キロメートルの位置にあり11の有人島と52の無人島からなる長崎県五島市の無人島嶼群を三日に亘って高級クルーザーのヨットで巡り、福江島にある旅館に宿泊する三泊四日の旅で各島に隠してある宝物を宝地図で探し当てることが可能な特典付きであるという。
距離的には大したことはないが、ユネスコ世界文化遺産登録間近の旧野首教会がある為に町営船「はまゆう」が朝と夕に有人島の小値賀島から往復する先、つまり一日二便ある無人島の野崎島を何故か抜きにした51の無人島の内、30も見て回るという所以から高額の旅行代金を支払うことになった五十嵐であったが、何しろ各島に宝物が有るということに感興をそそられた。なので旅行の初日になってもワクワクしたまま弓岡と島本に対面してファッションについて褒められたりして浮き浮きし、チャーター船でインスタ映えしそうな蒼茫たる絶景を堪能しつつクルージングを楽しみ、一つ目の無人島にやって来た。
「これがこの島の宝地図です。リミットは一時間です。宝物を探し当てても当てなくても一時間以内にここへ戻って来てください。次の島に案内いたしますから」
何のガイドもなしにいきなり島本に言われ、シャベルを渡された五十嵐は、兎にも角にも地図に書いてある通り海岸沿いを東へ歩いて行き、島の真ん中にある雑木林に入って行った。
弓岡と島本はそれを見届けると、ヨットに乗り込み、ヨットを発進させた。そうとも知らず宝の在りかを示す地点にやって来た五十嵐は、宝物が埋めてあると思われる所をシャベルで掘って行ったが、一向にぶち当たらない。で、もう戻らなくてはいけなくなったので元来た道を戻って行ったが、勿論、弓岡と島本の姿が見えないばかりかヨットも何処にも見当たらない。だから、これはどういうことだ?と唖然として急激に不安になり不審感を募らせながらにっちもさっちもいかなくなった。
実は弓岡と島本は長崎と佐世保から五島列島に来るフェリーや高速船の航路に詳しく社会心理を突いた巧妙な詐欺師でフェリーや高速船が近くを通らない無人島を選んでその各島に同じ手口で一人ずつ残し、五十嵐は20人目の被害者だった。
五十嵐は、宝物を探しに行ってから一時間経過した後、いくら待っても何処を探しても二人に会うことが出来なかったので途方に暮れ、漸う俺は騙されたんだと気づいた日には、泣きべそを搔きながら悔恨淋漓たる表情になった。とんだ盆休みもあったものである。否、それどころの騒ぎではなかった。現にその頃、各無人島では餓死して白骨化するのを待たざるをえない運命になってしまった被害者の屍が転がっていてカラスたちがいそいそと死肉を啄んでいたのだから・・・
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