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あなたは優し過ぎる
淳は翌日父親の実と一緒に漁から帰って来た。
「風美、どうしたんだ、こんな所まで・・」
「風美さんは、お前を迎えに来てくれたんだよ」
お母さんの裕子の言葉に、三浦はただ頷いて見せた。そして間もなく。
「だめだよ、俺たち離婚してもう他人なんだ、だから一緒に居られないんだ」
「淳、あの日はゴメン、あなた私に助けを求めていたのに、気づいてやれなくって、ホントゴメン!」
「いいんだ、あの時の事なら別に気にもしていないから、風美の言った通り俺たち他人だったもんな、しかもだよ・・しかも俺から『離婚してくれ』って言い出して置いて・・みっともない男だと思われても仕方ないよ!」
「淳、あなた自分がこんな病気になってしまったからって、私に迷惑掛けられないって気遣ったの?・・それで離婚を決断したんでしょ⁉ どうして病気が分かった・・分かったその時点で素直に頼ってくれなかったの!・・それが夫婦の姿じゃ無いの⁉ 私ってそんなに分からない女だと思ってたの⁉」
「だから、そうじゃない!って言ってんだろ‼」
「だったら、なんなのよ!私が嫌いになったから? それとも他に好きな彼女でも出来たって言うの⁉」
「あぁそうだよ!良い人と出会ったんだ、風美より優しくてさ・・それに風美と違って時々マンションにやって来ちゃ夕ご飯も作ってくれるんだ」
「いい加減な嘘つかないでよ!『そんなことないよ、今でも風美のことは好きなんだもん』って言ったの・・あれもウソだったの? それにあなたのマンションには悪いけど何の調理をした形跡も無ければ、女性の匂いなんてこれっぽっちもしなかったわ」
「君・・マンションまで来てくれたのって、俺の事そんな風に疑ってたからなのか⁉ 『メモに書いてくれりゃ良い』って俺が知りたかったIDと部屋番号・・何故かメモでは教えてくれなかったんだ。
でも風美が『マンションで待ち合わせしよう』って言ってくれた時、ちょっぴり嬉しかった。てっきり君が俺を受け入れてくれるんだと思ったからだよ。しかしあれは俺の思い過ごしだったんだ。やっぱり・・そりゃそうだよな!俺から離婚してくれって頼んだもんな」
「そう、あなたの思い過ごしだわ、だって私にだって意地があるの、だから『ハイそうですか』って訳にはいかないのよ、でもあと一押しで私は負けそうだったのに・・あなたはいつもそうなの、優し過ぎるのよの!それは私にだけじゃないわ、あなたは誰にでも優し過ぎるのよ! だから淳、あなたってホント馬鹿なのよ!」
「風美さん・・」
「お母さん、ごめんなさい、あと少しだけ言わせて! この際だから言わせてほしいの、
淳・・自分の人生って一回きりよ、幾らお世話になっている身内の医師が下した診断だからって、自分の将来を否定されたのなら、その医師を一度は疑ったとしても神様は許してくれる筈よ!・・私は人一倍、疑い深い人間よ、だからあなたが離婚を言い出したからって、幾ら離婚届に押印したからって、いずれはもとに戻れるって信じてたわ!だって淳、私はこんなにもあなたを愛しているんだもん・・ウッ・・ウッツ・・」
最後の言葉で自分の弱みを・・その本心をさらけ出したことで風美の怒号がやがて咽び泣きに換わっていた。
同時に、傍に居た淳は膝から崩れ、母親の裕子は再び首のタオルで目頭を押さえていた。
父親の実は言った。
「淳・・お前、俺にまで嘘つきやがって、やっぱりお前が離婚を言い出したんじゃないか・・それにしても風美さんっていい嫁っこじゃないか! 俺も淳の症状診てると親の欲目なんだろうかね・・認知症だって言われても、つい疑ってしまって・・もう一度診てもらえねえかって、組合に病院を探してもらっているところなんだ」
「お父さんまでご心配頂いて有難うございます。来週はね、二つほど東京の大学病院を予約してますので、まずはそちらで検査をして頂きます。大丈夫ですよ、何とかなります。だって淳は優しい人なんだから」
『ハッツッハッ、ハッツッツア・・』
いま、淳は優し過ぎるって怒ってた三浦が、その優しさを大丈夫な理由にしたんだから、それじゃみんなが笑う筈だよね!
・・・・・
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