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贅沢なコンサート会場
2曲目は、プログレッシブを意識した8ビートの曲。
♪ お前は目隠しで ナイフを投げて
恐怖するのを楽しむかのように
俺の心を弄んでいる
騙されて、こんな仕打ちを受けても
お前を信じ、逃げることが出来ない
俺は馬鹿な奴さ
素荒な男女の関係を歌っている。女から愛想をつかされていると分っても未練がましい男の心情を題材にして、何ら理念的なものが無いつまらない内容である。
演奏の雰囲気から、このバンド本来の持ち味はこのようなストレートにいく曲調が合っているようだ。バロック音楽のコード進行を基調にアレンジされていて、当時に流行っていたハードロックだ。しかしこれまでの田上の演奏の志向からは外れている印象だった。それでも雅章にとっては、こういった感じのものでもどう弾きこなしているか逆に興味をそそられるところだ。
♪ ♪~♪、♪♪~♪、♪~♪・・・
『安直な構成の曲だよな、まっ、そんなことどうでもいいか。ストレートに押して行く曲調を意識した弾き方。いたってシンプルに5、6弦の音を主体にビートを刻んでいる。途中、プリングオンオフ、ミュートカッティングでアクセントを付け、単調な流れに聞えないような味付けをしている。60年代後半のG社のギターを使っているようだ。それに、D社のダブルコイルのピックアップをリアにつけたのかな、少しトーンを抑え、ディストーションをかけて、このコイルから出る太いワイルドな音色を上手く使っているな。1曲、1曲全てに、その内容に合わせて、マッチする機器の設定、弾き方、音色をしっかり配慮している。プロとして当然のことだけど、そこにも田上さんの独創性が光っている。学ぶことばかりだよ。』
3曲目。今度は、ぐっとテンポが落ち着いてブルージィな曲であった。50年代頃のブルーノートを意識したサウンドに仕上げられている。
♪ ♪~♪、♪♪~♪、♪~♪・・・
『おっ、出だしがギター、田上さんからで嬉しいよ。』
フレットレスのセミアコを使用し、オープンチューニングに設定してあるようだ。そしてボトルネックでビブラートを効かした泣きのギターソロが流れた。
『田上さんもこういう古典的な弾き方するんだ。だけど、半音程の使い方がメチャ美味い、哀愁的だ、オリジナリティ溢れてる。ベタなブルースじゃない。洗練された表現力に頭が下がるよ。』
やがてソロが収束すると共に、ハモンドオルガンが全面に出て、1コーラスが始まる。
♪ 母さん
僕を産んで、すぐに亡くなった
これまでに、僕は
盗み、傷つけ、危めきたんだ
母さん
僕はどうして、罪を重ねるのか
生きるためなら
母さん
許してくれるよね
母さん
それでも愛してくれるよね
母さん
犯罪を重ね続けてしまう青年が、早くに亡くなってしまった母親に、今でも愛情の癒しと許しを求める歌だった。
『このライブの田上さんを聴いて分かったことは、少なくとも2つの特色を持っている。ソロの時は、ブルーノートを主体としたスケールでその表現力が独自性に素晴らしく長けていること。バッキングの時は、フラメンコのような感性に基づくリズム感で弾いていることだ。ここではあの店で見せてくれた様な超絶な技巧は影を潜めている。このバンドは、2曲目のように、ロックを基調にしていながらクラシックやジャズへのクロスオーバーを売りにしているようだな。田上さんの趣向に合っていないとは思うんだけど、それでも曲調をとらえて独自のアレンジを絶妙に施している。それがミュージックとしての腕の見せどころだよな。』
そして4曲目にこのプログレバンドならではの見せ場となる曲が来た。
♪ ♪~♪、♪♪~♪、♪~♪・・・
変拍子のドラムに乗って、ギター、ベース、キーボードのスリリングなユニゾンの出だしである。
『すげえ、見てはいないんだけど、想像するだけでも圧巻のパフォーマンスだろうな。意外と個々の演奏スキルも高いじゃねえか。』
ただのロックバンドでなく、高次元のテクニックを持ったメンバーで構成されているのに感心していたものの、雅章はある疑問が湧いてきていた。
『和さんは、こんなテクを持ったバンドで演奏する田上さんのソロに魅せられることを期待していたのだろうか。それなら、このアルバムを勧める時にバンドに対するコメントを入れるはずなんじゃないか。』
確かにこのライブ演奏の出来の素晴らしさは伝わってきた。堪能しているといつの間にか9曲目まで進んでいた。
するとここで中座になった。バンドメンバー全員が、ステージから引きあげていくようだ。
”ワーワー ピュー ワーワー・・・”
そこで一旦、雅章はCDプレイヤーの停止ボタンを押した。
『この後、ドラムから1人づつ登場し、ソロ回しが始まるはずだ。田上さんのソロもここからか、ならじっくり聴かないと。』
辺りを見てみると、アパートのすぐ側にある児童公園の前を歩いていた。
夜中の公園は、昼間と全く違う顔である。当然、人の気配は無い。昼は子供の声に溢れて賑やかなのだろうが、夜は当然に使われないブランコや鉄棒などが整然としている静寂な所となる。
『此処でなら他の住人の物音などに邪魔されずにいいかも。早く聴きたいし、アパートに帰ってしんみり聴くよりも、誰も居ない公園で秋の夜風にあたって名演奏を楽しむ。何て贅沢な鑑賞場を独り占めしてるってか。』
そんなキザっぽく考えながら、さっそく公園に足を踏み入れる。ブランコの支柱にギターを立て掛け、器材を置いて、踏み台にゆっくりと腰を降ろした。そして、少し気持ちを落ち着かせながらCDプレイヤーの再生ボタンを再びを押した。
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