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この音は、ガットギター
♪ ドン、ツー、ドド ドン、ツー、ドド・・・
やはり冒頭はドラム。
♪ タンタン タタン タタタタ・・・
スネアーが静かに、そして淡々とした調子で入って来た。そしてそこに3拍子でゆっくりと、シングルストロークでタムまわしが始まる。スネアへのストロークが3から7にリズム変化して、複雑なローリングで立ち上がっていく。そして、一気にトリッキーなアクセントの付いたパラディドルだ。
♪ ダダン、ツダダダダダ、ツー、ババババ、ツー・・・
さらに計算されたフラムが加わり、超絶的なドラムの連打が続いていく。
# オオオオオオオ~!
このドラミングによって喚声が沸き上がり、否応なしに会場全体が盛り上がる。すると次にベースがドラムソロに合わせて登場する。
♪ ドゥドゥ、ッ、ベン、ドゥドゥ ドゥ・・・
それまでのベースのソロ弾きといえば、フィンガリングの早弾きが見せ場だった。この頃からチョッパーという弦を親指で叩きながら人差し指で引っ掛ける弾き方で、派手に演奏するベーシストが増えた。このソロ演奏もチョッパーを主体にして、めり張りを付けながら3連のシンコペーションという相当難しいテクニックを簡単にやってのけている。
# ウオオオオオオオッ!
このリズムセクションのトリッキーなノリとテクニックに、聴衆の盛り上がりが更に増大した。
『いよいよだな!、次にギターの出番のはずだ、和さん、ここからだろ!』
この大歓声に乗って登場する田上を想像し、ワクワクしながら聴き耳をたてていた。
♪ ♪~♪、♪♪~♪、♪~♪・・・
『あれっ・・・。』
ドラムとベースのソロの掛け合いが一旦収束すると、キーボードのソロが入って来たのだ。
『ええ~、マジで?』
期待は裏切られ、見事に肩透かしをくらった。
『本来のメンバーじゃないからか、それにしてもそれはね~よな。』
最高潮に膨れ上がっていた期待感が、口を緩めた風船が萎むように急に冷めてしまった。
当時、最新の電子楽器としてトップミュージシャンしか扱えないシンセサイザーを駆使して演奏される華麗なパフォーマンスが流れているにもかかわらず、雅章は懐疑の念に陥ってしまい、呆然と聞き流してしまっていた。
『この最高の雰囲気で出番が無いのはやはりおかしい。何か事故でも起こったのか? 和さんは、このアルバムに唯一の単独のソロ演奏があると言っていたよな、間違いないと思うけど。』
キーボードのソロが終わりに近づいたのか、ボーカルのMCが入って来た。そして、ドラムを皮切りにメンバー紹介が始まる。
『えっ、メンバー紹介、田上さんはやっぱりソロは無しになっちゃうの。』
”ドラム、スティーブ・G ベース、アンディ・M、キーボード、ボビー・K、そして俺、ボーカル、フレディ・W。”
『あれっ、田上さんは・・・?』
すると、フレディが続いて語りはじめた。
”今日、余り喋らない寡黙な、アハハ失礼、物静かなタガミが、なんと俺にソロをやりたいと頼み込んで来たんだ。どんなにお願いしてもさ、いつも俺はやらないよって言われるので、もう頭っからソロ回しから仲間外れにしていたのさ。それがどうした気の変りようか、直前に奴の方からやらせてくれって言って来たんだぜ。理由は聞かなかったが、思いもよらぬラッキーが起こったんだ。タガミの気が変わらぬうちに、即OKした。なんせ、俺が世界一だと認めているギターリストのソロが拝(おが)めるんだからな。これから毎回やって欲しいところだが、本日だけだって、ケチ臭いな。とりあえず、今日来たお客さん、お前らも一生で一度のラッキーだ。当然、割増料金を取りたいところだが、チケット完売にしてくれたんで許してやるよ。俺も待ち遠しくて、さっそく楽しみたいんだ、それではタガミ、準備いいかな?”
ここで少し間が空いている。フレディが田上に登場の確認をしているからだ。
”よし、OKが出た。それじゃ、本日限りのスペシャルタイムだ。心ゆくまでベリィファンタスティックなプレイを楽しんでくれ!、東洋の奇跡!、ギター、ナオマサ・タガミ!”
# オオオオ タガミ! タガミ! タガミ!・・・
聴衆の割れんばかりのタガミ喚声だ。雅章も一気に興奮が沸き戻り、胸から心臓が飛び出るくらい気持ちが逆立った。
『くそ~、俺もコンサート見て~・・・って、生まれてないんだけどね。』
すると会場が一瞬静かになった。その途端、非常に繊細で物凄い速さの波打つような弦をつまびくアルペジオの調べが始まった。
♪ ♪~♪、♪♪~♪、♪~♪・・・
『この音は、ガットギター。』
それは全くリズムの譜割が分からない、静かで奥深い、それに何かを悲しんでいるような哀愁的な調べである。やがてそれは、次第に訴えかけるような重厚に鼓動する調子になった。
『これは、フラメンコだ。それも、確かこの曲調は・・・シギリージャっていうのじゃないか。』
1つ1つの音の響きに、何かを愁い歎きの思いが深く込められているのが伝わってくる。
♪ ♪~♪、♪♪~♪、♪~♪・・・
その悲しみの調べが、聴く者の心にも共鳴してしまう。その意味は、何か大切な物を失ったことに対する悔恨の思いに苦悩する心なのか。
過去に起こした後ろめたい行いがある者は、いつまでもそこから癒されず、苦しさを抱え込んで歎き続けている。そんなことを思い起こさせられてしまう。
~ ああ、あの時どうして言ってしまったのか
何故、置き去りにして逃げてしまったのか ~
自らを追い詰めていくことに心疲れて、そこから逃れる許しを請う気持ちなのだろうか。
やがて演奏の雰囲気に、温かみのある印象が加わっていく。
♪ ♪~♪、♪♪~♪、♪~♪・・・
シンコペーションの入った柔らかく味わいのある旋律へと。それが、まるで季節が移り変わるように自然で違和感が無い。先程の哀しみと愁いのある曲調とは異なり、誰かを愛おしみ、慈しむような趣(おもむき)になった。
誰でもかつて好きになった人のことを案じ、未練ということではなく、幸せであることを願い続けているような。そんな過ぎ去ってしまった大切なものを愛し続けている気持ちを表現しているようである。
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