音色の謎

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音色の謎

「そうなんすよ。俺もまた会って話してみたいんです。ただ、なかなか連絡付かないみたいです。なんと、遠い自宅から行き着けの店にまで徒歩で用事に来るんですよ。」 「怪盗マンガに出てくる侍のキャラクターみたいな人だな。」 「アハハ確かに、とにかく何にしても田上さんと直に触れることが出来るってことは、将来自分にとって大きな財産になるはずだよ。マサ君、頑張れよ。」 「僕は、これから居酒屋のバイトがありますのでこれで失礼します。轟さん、さすがに今日は吉岡さんとつるまないですよね。」 「当たり前だ、やっぱりこの前の時、コイツ、女の話でクダ巻きやがって散々だった。田上さんのこと調べて良かったよ。」 「まあ2人のことはそれぞれお任せして、明日はやってやりましょう。」 「ああ、伊澤の言う通り、明日、ガンバ!」 ”オウ!”  雅章は、数度このバンドのヘルプに加わるくらいだったが、この雰囲気は大好きだった。毎度のことであるが、ライブの後はいつも皆、燃え尽きて無気力になっている。このライブ直前の志気を盛り上げる気持ちは、すっかりどこかに飛んでしまっているのだ。  そしてそれから1週間が過ぎたある日。 「ちわ~す。」 「おっ、マサちゃん、いらっしゃい。ほら、これ見てみて。まだ試作の段階だけど、うちのホームページ凄いだろ。」  あれからパソコンをインターネットに繋ぎ、素人ながらもシステムに詳しい後輩の上条を呼んで、店のホームページを作成掲載しているところだった。 「もう何回も見ましたよ。だってこれ、上条と俺でデザインして作っているんっすよ。」 「いや~、感謝、感謝。上条君って、すごいね。さっそくウチでバイトしてくれるよう頼んだよ。これからは、川村楽器店IT事業部のシステムエンジニアとして働いてもらうことになったんだよ。」 「えっ、あいつ、ゼミのレポートで今忙しいんじゃなかったっけ。」 「そう言っていたんだけどね。破格のバイト料で頼んだら、すぐOKしてくれたよ。レポートは、そのバイト料の一部で誰かに頼むとか言ってたよ。」 『あいつ、こういった手際での頭の使い方、抜群だからな。将来、絶対政治家になると思うよな。』 「それより和さん、一週間経っちゃったけど、田上さんもうどっかで来ちゃった?」 「いや、まだなんだよ。部品はとっくに取り寄せて、一応留守電入れて、手紙も送ってあるけど、今回ちょっとおかしい気がするんだ。」 「それ、どういうことですか?」 「田上さんは、言ったことは必ず守る人だからさ。もうとっくに1週間は過ぎたからね。」 「それじゃあ和さん、田上さんの住所教えてくれませんか。明後日、俺、授業無いから直接自宅に伺ってみますよ。」  川村は少し躊躇(ちゅうちょ)していたが、受付の事務机から1枚の紙を引出しから取り出した。 「そうかい、ちょっと遠いけど、此処だけど、大丈夫?」  示された紙にある書かれた住所を見てみると。 「ウオッ、此処すか?」  雅章は、ちょっと気後れしてしまう。 『かなり田舎だ。電車で1時間はかかる、しかもそれからバスに乗継いで降りて歩きだ・・・まあちょっとした遠足だけど、時間はあるし、仕方ない行くか。』 「分かりました。取り寄せた部品って渡してくれませんか。」 「ああ、これだよ。」 「あれっ?」  そう言って目を見張ったのは、今まで見たことの無いペグだったからだ。 「これ、何処のやつですか。今のメーカーじゃないようですね。」 「そう、これはスペイン製で、しかも戦前に造られた品なんだよ。」 「ということは、田上さんのガットギターは、スペイン製の超ビンテージ物なんですね。」 「そうなんだよ。それも、オリジナルモデルなんで部品が無いんじゃないかと思っていたんだけど、幸い個人でなく工房のものを使ってたんで助かったよ。それでもかなり取り寄せに苦労したよ。多分ギターは世界で数える程だと思うよ。」 「あのライブのシギリージャといい、田上さんってスペインにも住んで居たことがあるんですかね。」 「そうかもしれないね。それにマサちゃんも聴いたように、特に終盤のあの音色を操れるのはそのギターならではなんだろうね。」 「本当、ガラッと音の雰囲気が変わりましたよね。あのアジア音楽のような演奏は圧巻でした。今まで聴いたことのない独創的なもので、気持ちを包み込む穏やかな音使いにすっかりのめり込んでいました。よく心に響くって表現されますけど、こういうことなんだって実感しましたよ。本当にCDありがとうございました。」  すると川村は、ちょっと遠くをぼんやり見ているような虚ろな目付きになって語り始めた。 「そう、僕は落ち込んだ時あのソロの部分を聴くと、僕はやっぱり日本人、この国に生まれた人間なんだなあって悟らせてくれる。家族に見守られている幼い頃の自分に帰してくれるんだ。僕は、小さい時から、弱っちくてね、いつも自分はなんて駄目な奴なんだろうと思っていた。少年時代にお袋を亡くして、もう自分には、母の温もりは無いんだ、不幸な人間なんだと悲観的になっていた。するとそれを見かねて、親父がギターを1本買ってくれたんだよ。その頃やっと親父もお袋の死のショックからやっと立ち直ってくれてね、再就職したばかりで金無かったと思うんだ。でも、すごく嬉しかったよ。暫く夢中で弾いてたけど、我流でセンス無かったからちっとも上手くならなかったな。僕のギターの先生は、有名なギタリストのレコードだった。そんなある時、レコード店でアメリカの音楽界で活躍する田上さんが参加しているバンドの輸入盤アルバムを見つけたんだ。聴いたとたんすぐにそのギタープレーにゾッコン惚れ込んじゃってね、他のアルバムも買いあさった。そしてついにこの1枚に出会うことが出来たんだ。今ではこの旋律が、お袋の心、いやお袋の魂を僕の元へ届けてくれているように感じるんだ。」
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