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落ち着くまで
「魂の旋律・・・ですかね?」
「そう、それ!、マサちゃん、いいこと言ったね!、正にその言葉、魂の旋律、ピッタリだよ。マサちゃんもこれから色々な運命をたどって行くだろう。田上さんとこうして関わったのも、その運命の1つなんだろうね。」
「運命の1つ、それカッコいいっすね。今回のことで俺も含めて周りの人達が、色々と関心を示しているんだ。いつか、田上さんを囲んで飲み会でもやれればいいですよね。」
「本当、それいいね。田上さんも、時代を越えて自分の存在を認めてる若者達がいることを知ったら、喜ぶだろうしね。」
会話に夢中で気付かなかったが、店に入ってきている客の姿が見えた。
”あ、いらっしゃい。”
「長居しちゃいました。それじゃこれで僕は帰ります。何かあったら連絡しますので。」
「ああ、できればワクワクするようなことが起こるといいね。」
そして翌々日、雅章は、隣街のYS市より更に先のM市に向かった。田上の自宅は、最寄り駅からバスに乗り継いで近くのバス停で降り、そこから南東に歩いて行くと見えてくる海岸沿いにあるようだ。乗り換えたバスが海岸沿いの道路に突き当たり、そこを右折すると弓なりに延びた海岸線が窓越しから見えた。此処は、夏になると地方からの海水浴客でごった返す。季節を過ぎればその浜辺も、嘘であったかのように人気も疎らで閑散としていた。
『おっ、此処か。』
最寄りのバス停で降りたが、他に誰も乗っていないので、唯一の乗客の雅章が降りると、運転手だけになったまま行ってしまった。
潮風の香りが通り抜けていく。辺りにこれと言った目印になるような建物もない。時が止まっているように落ち着いた田舎の風景だけがある。とかく刺激を求める若者達にとっては、あまりにも淋し過ぎて暇過ぎて、すぐ退屈になり逃げ出してしまうだろう。
『結構、海岸沿いの辺鄙(へんぴ)な処にあるなあ。』
インターネットの地図情報で確認しているとはいえ、実際に来てみるのとはやっぱり違うもの。
『ここ辺りなんだけど・・・』
そう思いながら雑木林の人道を抜けていくと、小さいが手入れの行き届いた庭のある平屋の家が見えてきた。そして、玄関先に田上と記されている木製の表札を見つけた。
『おっ、あったあった、田上、この家だ。』
庭先の出入り口に着いた。ドキドキしながら手を伸ばし、門扉の呼び鈴を押してみた。
# ザザザ~ ザザザ~・・・
さざ波の音が、海風に乗って聞こえてくる。
趣のある和風の家屋は、瓦が鈍く光り、今時珍しい木の枠の窓。縁側に木漏れ日が当たっていた。
すると、家の中から落ち着きのある女性の声がして、玄関の引き戸が開いた。そして、和服で身なりが整った、気品を感じさせる年配の女性が出て来た。
「どなた様ですか。」
彼女は、全く屈託の無い笑顔を見せていた。
『田上さんの奥さん? ヤベ~、俺こういうシチュエーション苦手なんだよな。』
雅章は凄く緊張して、自分の胸の鼓動が耳に感じるほどであった。
「あ、あの~、僕は、西條と申します。田上さんとは楽器店でギターを一緒に弾いてもらい、凄くお上手だったのでお会いしたいと思い、ご自宅に参りました。あと、注文された部品も持って参りました。」
『か~俺、何言っているんだろう。』
赤ら顔で一生懸命事情を話している姿に、少し可笑しくなったのか、女性はほくそ笑んだ顔で話して来た。
「ふふ、そんなに硬くならなくていいんですよ。尚正兄さんとお知り合いなのですね。わざわざこんな田舎の土地まで来てくださって、兄も大そう喜ぶでしょう。どうぞお上がりくださいな。」
『田上さんの妹さんなんだ。』
「すみません。おじゃまいたします。」
雅章はそう思いながら、ぺこりと挨拶して屋敷に招き入れてもらった。
屋内に入ったとたん昔の家の匂いが鼻に漂ってきた。玄関の土間から黒みがかった光沢のある板張の廊下が続いている。
# ト、ト、ト、ト、ト・・・
板を踏む足音が響く。少し低めの網代天井、漆喰の壁に所々一輪刺しの生け花が飾られ、先へ進むほど何気なくお香の香りが増していく。その落ち着いた佇まいに、雅章は田上の人となりを想像していた。そして座敷の方に通された。
「兄さん、若いお知り合いの方が参りましたよ。」
座敷に差し掛かって人の気配を感じることが無いなと思っていると、奥に思わぬ物が見えた。
線香を立てた写真と位牌であった。
「すみません、お会いしてお話したかったのでしょうが、兄は重い病にかかっていて、もう先のない状態でした。医者からも‘自身の思う暮らしをしなさい’と言われて、そのことは本人も薄々承知していたことでしょう。私は、妹の恵海と申します。F県F市から来ました。四十九日が過ぎるまではここに居ることにしています。宜しければ、兄の霊前に参っていただけますか。」
「えっ・・・・・」
つい半月ほど前にセッションしてくれた人物が、すでにこの世に居ない。唐突に現実の非情を突き付けられ、雅章は、何が起こっているか判らなくなっていた。
「あっ、いえ、す、みません、あ、余り突然のことだったので、ぼ、僕、凄く動転しています。」
そう言いながらも、座敷の敷居に一歩踏み出してはみたが、雅章はその場で立ちすくんでしまった。
「生前、余り人と会ってなかった兄も、人恋しいと思ってあなたを呼んだのでしょう。ゆっくりしていってくださいね、さ、さ、入って来て。」
「田上さんの前に、落ち着くまで、座っていてもいいですか?」
「ええ、そうしてください。」
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