スペインの歴史①

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スペインの歴史①

 翌日、ホテルのレストランは、典子と訪れた時と同様に柔らかい日差しとカモメの飛び交う港の朝を迎えていた。 「もうこの前停泊していた大きな客船は、出航してしまったのですね。」 「ああ、あれは毎年この時期に来る、北太平洋航路、アメリカ船籍の客船だが、サンフランシスコから来ているんだよ。でもまた来週には、シアトルを出航した日本の客船が帰港してくる。日本もここ10年の間に、豪華客船を繰り出せる力をつけた。海運に関しては、海外の列強諸国と渡り合えるようになって来たんだよ。俺は、政治のことは分からないが、武力による政策がいつかは戦争を招き、国を破綻させてしまうことをこの前の世界大戦の経験からなぜ学び取れていないのかが分からん。日本は、今のこの苦しい状況を乗り切るために、もっと海運に活路を求めるべきだと思うよ。そう言えば、400年程遡るが、大陸にはトルコやイスラムの諸国が存在していたために、スペインは海路に新たな交易の場を求め、国をあげて次々と航路開発に乗り出した。いわゆる大航海時代があったんだよ。」 「それじゃ、その海の交易の結果、国に大きな富をもたらしたということですね。」 「’日の没することなき帝国’と言われる程の、欧州、いや世界第一の強国となった。しかしその政策とは、かつて古代ローマが行ったように、航路先を植民地化して不平等な交易を行って得た富だったんだ。それは、現在、他の列強国と共に我が国もやろうとしていることだよな。」 「ということは、その結果、やはり他の国々と戦争になったのですね。」 「そうだな、競合諸国と植民化を争って、欧州、地中海全域で戦争が絶え間なく続き、その結果スペインの国力は衰えてしまったんだ。」 「そうなんですか、そう言えば、太閤秀吉の時代に、千利休が茶釜として愛用した壺は、スペイン領土のルソンからものですよね。その時代に欧州から航海していたなんて、凄い海運力があったんですね。」 「尚子ちゃん、なかなか良いね。こんな話すると、あの不良姉妹は、すぐ煙たがって茶化すからな。」 「そうなんですか、私、何かの出来事があると、何故それが起こったんだろうって考えるんです。」 「それそれ。どんなものでも、何か理由があって存在している。それも、様々なことが複雑に絡み合う様に関係しているよな。その成り立ちを調べて行くと、本質が分かって来る。’賢者は、歴史に学ぶ’っだな。だからフラメンコをやるには、スペインのこと自体をよく理解することが必要なんだろうな。」 「そうなんです。それで伯父様もスペインに訪れたことがおありで、その頃のお話をして頂けるそうで、楽しみにいています。」 「あれっ、俺そんなこと言ったっけ。」  尚子は、その言葉にちょっとあっけに取られ、固まってしまった。 「あの~、昨日、帰りの車内で・・・。」 「そうか、ごめんごめん、昨日の帰りの車で言ったこと、余り覚えていないんだ。そうだよな、俺もフラメンコに関わった以上スペインのことは勉強しないといけないな。まず歴史についてだけど、マドリードに滞在した時に、歴史学を専攻する学生だったな。仕事で関わった人の息子から聞いた話だけど、それで良いかい。」 「はい、是非話していただけますか。」 「退屈で、長い話なんだろうけど、なるべく駆け足でやるね。」 「お願いします。」  全ての物事には、所以があり、由縁によるのである。それを知らずして語ることも、携わることも、偽りの行為にしかならない。 「欧州諸国は、我が国のように海を隔てていない大陸という土地続き故に、様々な民族の侵略を繰り返した歴史なんだ。スペインは地中海に臨み、アフリカに接近したところなので、その影響を受けて劇的に歴史が変動した。遡り分かっているところだと、北から西側には英国辺りから住んでいた人々と、東から南には地中海沿岸の西側にいた人々が住んでいたようだ。2千年以上も前、地中海沿岸は、ギリシャの都市国家が勢力を伸ばし植民地となる。そして紀元の頃、ほぼ半島全域が古代ローマの属州となった。ローマの治世は、なかなか賢いやり方をとった。有力な族長に貴族階級を与え、ローマとの専属交易を条件にスペインを穀倉地域として豊かにした。この時期に現在のスペインの言語が確立し、キリスト教が普及した。」 「それで、どこかで国として独立して現代に至っているのですか?」 「いやいや、これからが凄いんだ。」 「5世紀になると、今の欧州の主なる民族、ゲルマン系の諸民族がたて続けに欧州大陸に入って来た。その為、ローマの支配は終わる。フラメンコの発祥地、アンダルシアは、そのうちのヴァンダル族からとった地名なんだ。最後に、西ゴート族がスペインを統一し王国を創った。」 「では、この王国が、スペイン王国の源流なのですか?」 「それがだ、8世紀に入ると中東のアラブから起こったイスラムの王朝、ウマイヤ朝に滅ぼされて、今度はアラブ人が征服してしまう。」 「まあ、それでは、今のスペインの人々は、どうやって残ったのですか?」 「そうだよな。僅かに征服を逃れて北部の一部に小国だけが残った。しかし、イスラムはその地を支配下に置くに留まったんだ。征服地に残されたキリスト教であった民は、イスラム教への改宗を迫られる。そして改宗しない者は重税を課され、婚姻などを差別された。」 「キリスト教徒の人々には辛い時代だったのですね。イスラムの支配は長く続いたのですか?」 「ああ、でもその支配は、国勢として見ると悪いものじゃなかったんだよ。交易に長けているアラブの人々は、地中海で貿易と文化交流を盛んに行って、スペインに経済の繁栄をもたらした。当時、アンダルシアのコルドバは、西欧州で最大の都市で最も豊かだった。でもやはり、複数民族の国家は、常に情勢が不安定だ。一度制圧した北アフリカに住む民族が侵入してきたり、イスラム支配内での勢力争いが始まる。11世紀になると世界のイスラムの支配勢力は分裂してしまう。そうしたイスラム勢力の弱体化を期に、北部の一部に残っていたキリスト教諸国が息を吹き返したんだ。」 「これでキリスト教徒の人々は、やっと解放されるのですね。」 「確かにそうなんだが、それは、数年そこそこで実現されるようなことはなかったんだよ。」 「大変ですね、何十年かかったんですね。」 「いや、レコンキスタというこの奪還は、その後400年近くもかかったんだよ。」 「そんなに。」  尚子は、我が国にはない大陸の覇権を巡る凄惨な歴史は、強い驚きであった。 「こうして、現在のスペインの基盤となる統一国家、スペイン帝国が16世紀始めに確立されたんだ。」 「それから、先程話して頂いた大航海時代ですよね。」 「そうだな。」
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