家族を大切にする民

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家族を大切にする民

「それでは、来週の日曜日の朝に、迎えの車をよこしますので、尚子様宜しくお願いします。」 「すみません、では何か用意するものを教えて頂けますか。」 「いえ、料理に必要な物、衣服などもこちらで賄いますので大丈夫です。」 「それは困ります。何から何まで甘えていては、私の気持ちが収まりません。」 「いえ、オーナーから、全てに於いて支援をするように命じられています。私としては、田上様のお気持ちは分かるのですが・・・。」  高橋は、どうしたものかと少し悩んでいたが、直ぐに尚子の気持ちに応えた。 「それでは、次の物をご持参下さいますようお願いいたします。」 「ありがとうございます。おっしゃってください。」 「今先ほどお示しになった情熱を、そのまま宜しくお願いいたします。」  尚子は、上手く高橋にかわされたと思い、素直ににっこりと微笑んだ。その傍らで、畑山は感心して思わず呟いていた。 『高橋さん、さすがだなあ。』  そうして1週間が過ぎて、約束の日曜日。  尚子と畑山そして高橋が、ホテルの厨房の1画でスペイン料理を作っていた。調理台の傍らには、沢山の食材が並べられており、その中には見慣れない野菜や乾物がある。7284b7a7-cc10-4a36-908d-00e0ba8dce99 「高橋様まで、来て頂いてすみません。お仕事は大丈夫ですか。」  尚子の声掛けに、畑山の手伝いをしている高橋は気付いて、手が止まった。 「えっ、ああ、今日は非番なんですよ。それに私、目新しいものは、何でも興味が沸いて来るんです。休みに何もせず過ごすことが出来ない性分なので、願い叶ったりなんですよ。畑山君、これはやったけど、次何をする?」 「それじゃ、ピンチョ・モルノという料理を作るのですが、この豚肉を串焼きにします。今私がやってるように、下ごしらえをお願いします。」  さっそく高橋は言われたように、箱に入っている味付けされた豚肉を食べやすいように小分けにして、串に刺していく。その様子は自ら言っていたように、趣味の時間を過ごしているように楽しそうなのである。 『高橋様は、何かを作り上げることが好きみたいだわ。』  尚子が、そう思いながら微笑ましく眺めているところであった。 「畑山様。」 「はい田上様、何でしょうか。」 「もし宜しければ、料理の合間にスペインの方々の食生活について、お話頂けますか。それから、できれば私達は近い世代だし、名前とさん付けで呼び合いませんか。」  尚子の提案に、高橋は気になったようである。 「それは、いけませんよ。田上様はオーナーが契約したの大事な方ですから。」 「高橋さんにも、これから親しくお付き合いしていくんです。私が色々と皆様方から教えていただくのにこれではなかなか気持ちが収まりません。兼次伯父様には話を通しておきますのでお願いします。」  少し考えていたが、その言い分は同世代の気持ちにすんなりと入って来る。 「分かりました。これからは、尚子さんで失礼します。」  しかし高橋は、注意を促した。 「畑山君、いくら田上様のご厚意でも、安易に甘えてはいけないぞ。」 「良いじゃないですか。スペインでは、家族や仲間の繋がりほど尊いものは無いんです。これも1つのお勉強でいきましょうよ。それでは、食生活の話ですが、スペイン人の暮らしぶりは結構面白いですよ。まず、スペイン人はよく食べます。朝食は、デサユーノと言って、パンとお茶程度をいただきます。そして、昼食のアルムエンソを取ります。1日の内の一番の食事なんですが、仕事場でなく、家に帰って家族と共に楽しむ食事なんです。」 「ほお、そんなの面倒な気がするけど。」 「そこが、我々とは違うんですよ。今言ったようにスペインの社会生活は、家族と個人の生き方が中心なんです。仕事は、生活費を賄う程度で良いのです。人生を仕事に費やすことなど、愚行だと考えているのですよ。なので、この昼食は生活で一番の楽しみなんです。」  生活に対する考え方の大きな違いに、高橋が関心を示す。 「労働を美徳だと考える我々日本人とは、随分と違うな。忙しい時は、家族の事は後回しになってしまう。まして、自分の事など最後になっている。」  尚子も同様に、自分の思いを語る。 「私も自分の生き方を優先するとはどういう事なのか、今の話で考えてしまいました。日本人は、余り自己主張をしないで、周りを気にしながら行動しますよね。そんなことはつまらない気配りなのでしょうか。つまり、人生は色々な見方があると言う事なのですね。スペインの人々は、家族や地元の暮らしを大切にするということですね。兼次伯父様から、スペインという国が、色々な民族が侵入して、戦争を繰り返した歴史のお話をしていただきました。仕事より家族を大切にする民族であることが分かるような気がします。」  すると高橋は、尚子のその話に関心を示した。 「そうですか、オーナーがそんな話を。」 「ええ。」 「オーナーがスペインの歴史の話をしたことが、何か珍しいのですか?」 「いや、ご家族を失った頃、もう凄い仕事人間だったんだよ。やっと西園寺海運の見通しがついて、精根尽き果てて、やっと家族の安らぎに気がついた矢先だったからな。そんな話をされたということは、‘あの時、自分がスペイン人だったら’と思っているのかもしれないと考えてしまったんだ。」 「私も、伯父様の苦しみが痛ましくてならないんです。」  皆の心持が、少し感傷的になってしまった。 すると、入口の方から誰かの靴音がして、こちらに向かってきた。 # コツコツ・・・ 「ふんふんふん・・・おっ、皆やってるな。フロントから、ここで料理作ってるって聞いていたんでな。おや、皆何かしんみりとした顔だな、何かあったのかい。」 厨房の様子を見にやって来た兼次である。話題の人物が、余りにも都合よく現れたのだ。
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