賑わう試食会

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賑わう試食会

「い、いえ、何でもありません。今、畑山君から料理をしながら、スペインの食生活について話してもらっていました。アルムエンソという昼食が、一旦帰宅して家族と取る食事だと聞いて、我々日本人と随分違っているなと、感心していたんです。」 「そうなんだよ、驚かされるよな。それでその後、シエスタという昼寝の時間があるんだよな。」 「はあ、随分ゆとりのあるお昼なんですね。」 「食後、十分に休むのは、身体に良いとは思うが、仕事はそっちのけだな。」 「本当、そうですね。」 「そういう気質が羨ましいよ。俺もスペイン人になっていれば良かったよ。」  先程その話で思い募らせていたことをズバリ言ったので、皆クスクス笑い出した。 「おっ、なんだ。さっきと違って、楽しそうになったが、どうしたんだい。」 「オーナーが面白いことを言ったので、皆、可笑しくなったんですよ。」 「えー、そんなに面白いことだったか?」  食生活の話に兼次も加わり、スペイン料理の会は、更に賑やかになった。 「畑山さん、じゃあその後は、夕飯になるのですね。」 「いえいえ、仕事帰りに、バルに寄って軽くつまみながら飲む、チャティオがあるんです。」 「そうそう、俺はこれが夕飯だった。スペイン人には軽くかもしれないが、酒場をはしごするのがざらだったから、十分腹一杯になるよ。そして、夜遅くなって、セナと言う夕飯を食べる。まあ、これは夜食みたいなもので軽めな食事だがな。」 「スペインの方々は、食べてばかりなんですね。」 「いや、食べてばかりというよりも、喋ってばかりだな。とにかく皆、黙ってない、言いたい放題なんだな。」 「食事をしている時に、そんなに喋りたいってことってあるんでしょうか。それは、どんな感じで話しているのか私には全く見当が付かないですよ。」  食事中に喋ってばかりとは、道徳上習慣として日本ではあまり良く思われていない行為である。高橋が言ったことは、恐らくそういう意味が隠れていたのだろう。 「話題はたいしたことないんだよ。その日の出来事や自分の感じていることを人が聞いていようがいなくても話しているんだ。俺も最初は真剣に聞いていたが、どうだって良いことだと分かると、ふんふん頷いて聞き流していたよ。つまり、食事中のお喋りは、彼らにとっては雰囲気作りみたいなもので、皆が楽しい気分であれば良いんだよ。そうだ、オーナールームにあったの思い出して、これを持ってきたんだ。」  兼次はおもむろに、その持ってきた1本のビンを調理台に置いた。 「おっ、シェリー酒ですね。それもフィノアモンティリャードですね。」 「畑山君、さすが修業して来ただけあって、分かってるね。」 「酒好きに合った辛口ですね。」  高橋も、にこにこしながら話に乗ってきた。 「スペインのワイン、シェリー酒ですか、いいですね。通常のワインと違って、何年も寝かせたものと聞いてます。長いと百年位のもあるそうですね。是非味わってみたいと思っていました。それじゃあ、折角ですから、ダイニングで試食を致しましょう。」  そうして料理作りに目度がつくと、試食が客の目に付かないように、レストランの一番奥にある個室に運び込んだ。皿に盛られた各料理が並べ置かれると、そこはさながら何かのレセプションが開かれるのかと思うような雰囲気になった。 「オーナー、ちょっと作りすぎましたかね。」 「いやいや、高橋、良い感じだよ。スペイン料理は、皆でわいわい集って愉しむのに最適な料理だからね。我々だけだと食べ切れないから、都合が付く職員は食べに来るよう、フロントに言って来てくれないか。」 「適当に作って、味の感想を話しているつもりだったんですが、こんなに盛大になっちゃいましたね。」 「畑山さんのお陰です、凄く楽しい料理会になりました。さあさあ兼次伯父様、味わってみては如何ですか。」 「試食会だか何だかよく分からなくなったな、とりあえず、本来のメンバーで料理完成の乾杯をしよう。」  4杯のワイングラスにシェリー酒が注ぎ込まれ、試食が始まった。 ”カンパーイ” 「前菜は、エントラーダと言います。今回は、茹でた海老の料理、ランゴスティノ・デ・サンルーカ、小海老のかき揚げ、トルティージャ・デ・カマロンと黒豚の生ハム、ハモン・セラーノです。」  畑山が説明をしている間に、もう兼次は食べ物をほおばっている。 「揚げ物は、香ばしくて美味しいな。ハムは、この酒と抜群に合っているぞ。そういえば尚子ちゃん、資料室はどうだったかい。何か興味を引くものが見つかったかな。」 「ええ、もう全てが面白いものばかりで、今日もこの後伺わせていただこうと思っています。特にあの詳しく書かれた記録帳は、その地域や国の方達の実際の様子が手に取るように分かって、本当に色んな生活や文化の人達がいるんだなと感心しています。」 「あーあれか、俺が海運に居た時に、仕事の合間に遊びで集めた記録帳だ。途中であんまり面白いんで、仕事より真剣にやってたような気がするよ。」 「本当に、どこの国でも夫婦の姿、家族の風景は心が安らぎますよね。それに、高橋さんが沢山のフィルムからスペインの物を探していただいた様で、映写機での上映を楽しみにしています。」 「そうか、フラメンコが映っているのがあると良いね。あと、レコードだったらあったと思うので出しておくよ。」  すると畑山が、傍らで料理の出来に呟いていた。 「我ながら上出来。このガスパッチョは、本場に近い味でいいですね。」 「おー、いけるな確かに。今の時期に合わないが、もっと暑い夏に食すと最高だ。」  その言葉に関心を引かれ、尚子が尋ねた。 「地中海の気候は暑いと書いてありましたが、どんな感じなんですか。」 「もお暑いのなんの、気温50度くらいになる時もあるんですよ。」 「そんなになるのですか、お外に出ていられないですよね?」 「そうなんだけども、乾燥しているので、日陰や夜は涼しくなるけどな。アンダルシアに滞在中、泊めてもらっているお宅の家族との食事を思い出すよ。いつも、飲んで喋って大ざわぎだったもんな。」 「自分も研修生で、シェリー酒の親方の家族に食事を呼ばれた時はそうでした。途中で、親戚の方がギターを持ってきて、フラメンコのトケとしていきなりギターを弾きはじめるんです。すると、親方と奥さんがパルマ、手拍子を叩き始め、カンテになって歌い、子供達がバイレ、踊りだすんですよ。」 「アンダルシアの方々は、誰もがフラメンコが出来るのですね。」 「そう、自分達の心、自身そのものだからな。」
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